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ラスボス 土方歳三

「善は急げってやつだな」


 副長はひとり言のようにつぶやくと、さらにかわいた笑い声をあげた。


 そのかわいた笑い声は、うつろというかあきらめきっているというか、兎に角無理しまくっているってとれなくもない。


 すっかり穏やかになった海上を、その笑い声が波音に見え隠れしつつ流れてゆく。


 俊冬と俊春が、同時に銃を床の上においた。


 かれらは立ち上がるでもなく、胡坐をかいたまま副長を見上げた。


「おれとわんこは、ミスター・ソウマの恩に報いたいと思っているとともに、副長、あなたに受けたそれにも報いたいと思っています。おれたちには、いまあなたがおっしゃたことすべてを実行にうつし、成功させるだけの力があります。あなたが本気でそう願うのなら、そして、おれたちに一言「やれ」と命じていただけるのなら、いますぐにでも海に飛び込み、数日のうちに任務を遂行させます」


 俊冬が静かにいい、俊春とともに頭を下げた。


 この二人なら、絶対にしてのける。


 暗殺だろうと籠絡だろうと、完璧以上にしてのける。


 またしても、沈黙が訪れた。


 副長の形のいい唇から、ちいさな吐息がもれたような気がした。


「そしてそのあと、あなたがこの国の頂点に立てばいい。いや、厳密には帝を操ればいい」


 ややあって、俊冬は付け足した。


 なんかすごい展開になってきた。


 死ぬはずの副長が、史実をごっそりぬりかえてしまう。そして、最終的には帝を意のままに操るラスボスになる。


「面白そうだな。どう思う、主計?」


 副長は俊冬からおれに視線を移すと、クククッと笑った。


「敵もせっかく政府をつくっているんだ。なにも根こそぎかえる必要はない。坂本さかもとが唱えていた船中八策だったか?それに基づいているんなら、ひきつづきさせればいい。そこに榎本さんらもくわえ、敵味方なく政府をやってゆけばいい。ようは武士さむらいやら貴族やら商人やら農民やらといった身分に関係なく、だれもが平和で静かにあたりまえの生活を送れればいいんだからな」


 副長のいった坂本の船中八策とは、土佐藩出身の坂本龍馬さかもとりょうまが起草したあたらしい国家構想のことである。


「敵味方関係なく政府をきりもりしていくのなら、このままでもいずれはそうなります」


 おれは、静かに言葉を紡ぎだした。


「榎本先生や大鳥先生や荒井先生という主要メンバーは、しばらくの間は投獄やら謹慎やらの生活にはなりますが、その後に明治政府に出仕してそこそこに活躍されます」

「そうだったな。それが戦を敗れてお情けで出仕するのか、あるいは戦で勝ってわがもの顔で牛耳るのか、のちがいというわけだ」


 副長の案を実現すれば、まったくもってそのとおりである。


 副長は、形のいい唇をなめた。そのままイケメンを海上へと向ける。


 いったい、なにかをかんがえているのであろうか?


 たとえば、自分がいったことを俊冬と俊春に命じるのかどうかを検討しているとか?


 が、イケメンがこちらに向きなおったときには、そこに浮かんでいるのはいつものように不敵な笑みである。


「おいおい、なんてつらをしてやがる」


 BLであろうとなかろうと官能的と表現できる口から、さきほどとおなじ言葉が飛びだしてきた。


「おれに史実をひっくり返せる才覚はない。ましてや帝を操るような度胸もな。戯れだよ、戯れ。忘れてくれ。おおきな戦がおわって、戯れの一つもいいたくなっただけだ」


 そして、また笑った。いまの笑い声は、さきほどとはうってかわって愉しげなものである。

 

 が、ムリくりというかごまかしというか、ちゃんとした笑いには到底感じられない。


「副長……」


 おれが口をひらくよりもはやく、俊冬が呼びかけようとした。


「だから、忘れろといっている。ただ、そうだな。ぽちたま、今後は遠くはなれるな。できるだけ、主計とおれの側にいてくれ。いいな?」


 めっちゃ驚いた。


 なにゆえ?なにゆえ、そんなことを俊冬と俊春に命じるのか?


 いや、頼んだんだ?


 副長自身の側にというだけでなく、おれの側にとまで?


 おれには、その副長の真意をはかることもよむことも到底できそうにない。


 ってか、副長は自分自身の死にたいしてどう思っているのであろう。

 それもまた、まったくわからない。


 さきほどの『史実をひっくり返す』ことができれば、副長も死ぬことはないのだ。


 さらには、その死を肩代わりしようと躍起になっている俊冬のことを心配する必要もない。


 そんなおれの焦燥に気がついているとしても、副長はそしらぬふうをよそおっている。


「それで、あー、なんだ。ぽち、おまえのことだがな」


 副長は、この話はこれ以上するなとばかりにまったく異なる話題をもちだしてきた。


「ぼくのこと?」


 俊春は、突然話題を振られて当惑している。

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