でかいなにかができるのか?
「うれしいくせに。きみって素直じゃないよね」
「そうそう、わんこのいうとおり。超絶ハッピーなくせに、認めたくないんだ」
「そんなわけないだろうっ!」
「それで、このあとはどうなる?」
「って副長っ!いま、おれのBLにまつわる誤解を解こうとしているんです。邪魔をしないでください」
「いまさら「おれはBLじゃないっていいましたよね?」っていったところでもうおそい」
副長に断言されてしまった。
くそっ!とんだ誤解である。
誤解すぎて、誤解じゃなくなりつつある。
「わかりました。このあとのことですね。このあと、蟠竜とは合流できて箱館にもどります。が、機関部の故障をしている高雄は、敵に捕捉されてしまいます。古川艦長は、逃げきれぬと判断します。そして、田野畑村というところに上陸し、艦を焼いた上で盛岡藩に投降することになります」
結局、無事にもどるのは回天と蟠竜の二艦である。
「それで、そのあとは?」
この海戦のあとのことについて、か。
副長に一つうなずいてから口をひらいた。
「四月にはいったら、敵はこちらに渡る準備を整えます。それから、順次渡海してきます。乙部に上陸し、そこから江差へ。江差は奪われます。史実では、上陸は四月九日。十二日、それから十六日には敵の増援部隊が江差に到着します。松前口、木古内口、二股口、安野呂口の四つのルート、もとい道筋から箱館へ向け進軍してきます。おれたちは、それぞれの場所で戦うことになります」
ウィキなどから得、覚えているかぎりの情報を伝えた。
もちろん、このつづきはまだある。が、いまのところはこのあたりまででいいだろう。
正直、いいたくないということもある。
「なるほどな」
副長は、柵に背中をあずけたまま伸びをした。
そんなさりげない仕草も、イケメンがするとムダにかっこいい。
「副長。おれかわんこのどちらかが、このまま敵の動きを探りにゆきますが……」
俊冬が銃のメンテの掌をとめ、ひかえめに申しでた。
回天からもよりの海岸まで泳ぎ、上陸するというのであろう。
「いや、いい。主計の情報だけで充分だ。上陸する日にちまでわかっている。あとは、蝦夷でどう対処するかだからな」
その声が、やけにむなしく響いた。いや、ひえびえといったほうがいいかもしれない。
「史実とちがうのは、こちらにはおまえらがいることだ。ゆえに、ただ負けるだけではない。でっかいなにかをやって負けることができる」
その言葉に、おれだけではない。俊冬と俊春もはっとしたらしい。同時に銃から相貌をあげた。
それから、相棒も。
「ええ、もちろんです」
言葉すくなめに同意した。
おれにとって、心のなかでなにもかんがえないとか思わないなんてことは、かなり『ハードル高っ』である。
沈黙が訪れた。
なにゆえ沈黙モードになっているかは、かんがえるまでもない。
だれもが、おれが故意に語らなかった『さき』について思っている。
それぞれが、それぞれの思惑にひたっている。
そのために沈黙しているのである。
「おいおい三人とも、否、四人そろってなんて面してやがる?」
副長は、沈黙に耐え切れずについに口をひらいた。
「おれの面が「なんて」、ことになっているのは、いつものことですよ」
思わず、関西人のノリで返していた。これはもう、どんなシチュエーションであろうと条件反射でおちゃらけて返してしまうのである。
「いっそ、史実を根こそぎかえてしまうか?」
副長は、おれのせっかくのジョークをスルーしてしまった。
そうもちかけてきた副長の表情は、いつになくマジである。
おれには、いまのがマジなのかジョークなのか判断がつかない。
「まずは、この戦に勝つ。そうだな、それには根まわしをすればいい。せっかく西郷さんと知己になれたんだ。こっちに寝返るようもちかければいい。薩摩がこっちにつけば、幾つかの藩もこっちに寝返るかもしれない。同時に、岩倉を暗殺するってのがいいな。その上で帝を抱き込む。錦旗さえ手にはいれば、こっちが正義だ。おのずと、どの藩もこちらになびく。あとは、そうだな。長州や土佐か?立場が逆転すれば、禁門の変のときと同様国に逃げかえっちまうだろうよ」
副長は、おれたちを順にみながら構想を練ってゆく。
「そうだなぁ……。いっそかような面倒なことはすっとばして、敵の主要人物を根こそぎ殺っちまうほうがはやいか?」
それから、かわいた笑声をあげた。
「あと二か月か?二か月もないのであろう?」
そう。あと二か月もない。
二か月も経たないうちに、箱館政府はなくなる。降伏するのである。
それ以前に、副長が戦死してしまう。
正直、おれにとっては降伏よりもそのことの方が問題なのである。




