主計はポジティブすぎ
「悲しいかぎりだよな、わんこ。主計のことを、これだけ護り尽くし敬っているというのに」
「そうだよね、にゃんこ。悲しくって悲しくって、今夜は枕を濡らしそうだよ」
俊春は、指先で目じりを拭った。
涙など、ちっともでてもいないのに。
「いや、ちょっとまてよ。ぽち、そもそもきみは眠っているのか?おれには、きみが横になって枕を涙で濡らすところなど、まったく、まーったく想像も妄想もできないよ」
「ほら、またぼくをいじめる。兼定兄さん、いまのみたよね、きいたよね?」
ダメだ。かれらに口で勝てるわけがない。
「もういいよ。どうせおれがききたいのは、そこじゃないんだから。さっきのきみらのいい方だと、荒井先生や甲賀先生はおれたちのことを信じていないみたいじゃないか」
だから、無理くりに話を元にもどした。
ってか、そもそも二人がわけのわからぬツッコミをしてきたのだ。そこから、話がややこしくなってしまったというわけである。
柵から背中をはなし、姿勢を正して俊冬と俊春をみおろした。
すると、相棒が頭をもたげてこちらをじとーっとした目つきでみてきた。
一瞬、怯みそうになった。が、ここははっきりしておきたい。自分のしりたいことや疑問に思うことは、ちゃんと確かめておかねばならない。
『きくはいっときの恥。きかぬは一生の恥』
というから。
それに、おれにはそれを知る権利がある。なにせ、当事者の一人なのである。
意地悪をする俊冬と俊春には、ガツンといってそれを知らしめるべきだ。
「ったく、主計。おまえは長いんだよ。長すぎるんだよ」
おれの隣で、イケメンが茶々をいれてきた。
大人なおれは、冷静にそれをスルーした。
「主計っ、いいかげんにしろ」
さらに邪魔をされたが、寛容なおれはそれもスルーしておいた。
「お願いします。教えてください」
それから、上半身を九十度の角度で折り、見事なお辞儀をした。俊冬と俊春に、ガツンとしらしめてやるために。
「きみにはプライドというものがないの?そんなことをしなくっても、ちゃんと説明するよ。そうだな、一億ドル。米ドルで一億ドルというのはどうだい?」
「な、なんだって?たま、きみはそんなせこいことをいうのか?」
シンプルに驚いた。
教えを乞う者にたいして、いきなり金を要求するか?
しかもおれたちは、友達、仲間、家族みたいなものではないか。
ってか、一億ドルって高すぎだろう?
「わかった、わかったよ」
俊冬は銃を床に置いてから両腕をあげ、降参のジェスチャーをした。
さすがはアメリカ生まれのアメリカ育ちである。
ちょっとした動作がすべてアメリカ人っぽい。
俊冬は周囲に視線をはしらせてから、それをおれに向けた。
「かれらは、すべてを鵜呑みにしているわけではない。すくなくとも、おれたちが未来からやってきたというくだりは信じてはいない。まぁ、そこは当然かもしれないけどね。副長やきみが話したことは、占いとかまじないとかそういった類だと思っている」
そこで、いったん言葉をきった。
「えっ、なんだって?かれらは占いやまじないを信じているのか、だって?」
それから、かれはおれがまだかんがえてもいないのに勝手に自問自答した。
「言葉は悪いけど、かれらもきっかけが欲しかった。つまり、この戦にたいして疑問や不信感、その他もろもろのことを抱いている。自分たちの将来をどうすればいいのか迷っていた。そこに、こんな胡散臭さマックスの話をされたんだ。かれらにとっては、恰好のいいわけになるっていうものだ」
なるほど。
結局、荒井と甲賀はこの戦じたいに嫌気がさしつつあったというわけか。
正直なところ、だれにとっても箱館政府なるものじたいが頸をかしげたくなるような代物である。
どんな胡散臭い話であっても、たとえかつがれていようとも、それをいいわけにすれば自分自身も納得できる。
戦を回避しようという、決心をすることができる。
おれたちのいったことを信じているふりをすることで、自分自身の気持ちにふんぎりをつけたというわけであろう。
まぁ、それはそれでいいのではないだろうか。
ようは甲賀の生命が助かればいいのだから。
「おわりよければそれでよし」、である。
結果オーライってやつだ。
「ほんと、きみがそれだけポジティブでよかったよ」
俊冬はそういってから両肩をすくめ、床から銃を取り上げてメンテナンスのつづきにもどった。
「まっ、こっちも詳しい事情は語ってはいない。あの二人が信じられぬのも仕方がない」
「じゃあ、副長。八郎さんも信じていないということですか?」
荒井と甲賀についてシメた副長に、思わず問いかけていた。
「主計の八郎がか?」
ソッコーで返ってきた。
視線を感じるのでそちらを向くと、俊冬と俊春がニヤニヤしながらみている。
相棒は、また寝そべって瞼を閉じている。
が、耳がぴくぴく動いているのは、おれたちの会話をちゃんときいているからだろう。
「心配しなくってもいいよ。きみの八郎君は信じている」
「そうそう。きみの八郎君は、ぼくらの存在は兎も角、きみのことは信じているよ」
「ちょっとまってくれ、ぽちたま。なにゆえ、いちいち「きみの八郎」っていうんだ」
俊冬につづいて俊春までいってくるので、思わずクレームをつけてしまった。




