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獣の眼

「ぽち。あいかわらずの腕前だが、それ以上にグッジョブだった」


 島田である。覚えている英単語を駆使しての称讃だ。


 蟻通と島田だけではない。


 安富も中島も尾関も尾形も大絶賛している。


 俊冬はクールにうけとめているが、俊春はめっちゃ照れ臭そうにうつむいている。


「ぽち、ありが……」


 俊春との近間にはいったところで、心から礼を述べようとした。


「みないで。ちかよらないで」


 俊春は相貌かおをさっとあげたかと思うと、きっぱりといい放った。


「はあ?なんでだよ。おれはただ、礼をいいたかっただけ……」

「だから、ぼくをへんな視線でみないで」

「はあああああ?なにをいって……」

「八郎君。主計は、ぽちの裸身をいつもいやらしい目つきでみているんだ」

「ああ、いまにも襲いそうな飢えた獣みたいな目つきでな」

「おお怖い。馬たちにも気を配ってやらねば」


 蟻通につづいて、中島と安富がいった。


「いや、ちょっとまってください。安富先生。馬たちって、おれは獣姦の趣味()ありません。だいたい、ぽちは被害妄想が激しすぎるんです」

「ほら、わんこ。はやく着てしまえ。かれになにをされるかわかったものじゃないからな。たとえこのような公衆の面前であったとしても、野獣はなにをしでかすかわからん」

「ちょっとまてよ、たま。失礼すぎるだろう?いまのだと、まるでおれが公共の場で野郎おとこを犯しまくっているみたいじゃないか……」

「八郎君、くれぐれも気をつけろ。主計のまえで上半身だけでもって気を抜いたら、一巻のおわりだぞ」

「さよう。きみの清い心が穢されまくるのは、わたしたちとしても不本意だからな」

「ちょっとそこ、八郎さんになにをアテンションしているんですかっ?」


 油断も隙もない。


 蟻通と島田が、とんだ見当違いのアテンションをしているのだ。


「八郎さん、誤解なんです。ほら、ぽちの体をみてください。すっごく傷がありますよね?かれらは幼いときから戦っているんで、それで負った傷らしいんです。いつどこでどうやって傷を負ったのか、しりたいって思わないですか?だから、ついついみてしまうのです」


 これ以上、伊庭に誤った認識を植えつけられたくない。

 とりあえずは、腐男子認定されているのを取り消さねばならない。

 それが急務である。


 おれの必死の説得が功を奏したのか、伊庭は俊春に視線をはしらせてからおおきくうなずいた。


「たしかに、ぽちの体躯には傷がたくさんある。しかし、わたしはみてみぬふりをするほうだから……」


 な、なにー?なんだって?なにゆえ、なにゆえだ、伊庭?なにゆえ気にならぬ。


 なにゆえこの傷だらけの体をみて、みぬふりができるのだ?


 おかしくないか?


「やはり主計、おまえは馬鹿だな。いや、腐男子だな」

「なんですって、蟻通先生?」


 キーッとばかりに、蟻通に噛みついてしまった。


「あのなあ、武士さむらいってもんは傷を負うってことじたいがあまりよくないのだ。つまり、不名誉ってやつだ。もっとも、ぽちの傷は体躯のまえに集中していて背にはあまりない。いわゆる、向こう傷だな。それでもやはり、これだけ傷ついているっていうのは、不名誉きわまりないということになってしまうのだ」


 あ、なるほど。


 蟻通の説明は、心と脳にストンと落ちた。


「ゆえに、八郎君はみたくないと申したのだ」


 中島があとを継いだ。


「それに、どうかんがえても裸身をみるなら女子おなごのであろう?野郎おとこのをみてもなぁ」


 尾形がいった。


 当たり前だ。おれだってそうだ。


「まぁ主計はビーエルだから、女子おなごのでは気に入らぬというわけだ」

「ってなにを謎推測されているのです、尾関先生?」


 さんざんBL野郎、腐男子あつかいをうけている間に、俊春はシャツとズボン、軍服の上着、軍靴を着用してしまった。


 みると、いつの間にか副長がかれにちかづいていて、頭をがしがしがしがしがし、ってまだがしがしなでつづている。


 どれだけなでればいいんだ、イケメン?


 そのあまりにもつづくなでなで攻撃に、頭をなでられるのがお気にの俊春も、困惑の表情かおになっている。


 だが、やさしい笑みを浮かべ、無言のまま俊春の頭をなでつづける副長をみていると、なんかほっこりしてしまう……。なわけはない。


 なんか怖いんですけど。


「なんだと、主計っ!」


 ってまた、イケメンににらまれた上に怒鳴られてしまった。


「す、すみません。だって、怪しげな笑みを浮かべて無言でただ頭をなでるだけって、異様な感じがしたもので」

「あああああああ?これは、おれの愛情表現だ。おまえに難癖つけられる筋合いはねぇっ!」

「ですから、すみませんといっているんです。ってか、ぽちがなでられすぎて苦しんでいますよ」


 俊春は、まだ頭をなでつづけている。しかも頭をなでる副長の掌に、ムダに力が入っている。


 俊春は、飼い主から虐待を受けている仔犬みたいにぐったりしてしまっている。

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