青年の主張
「おおっと、甲鉄号の艦長中島殿ですな?無礼の段、ひらにご容赦願いたい」
偽野村は、頭上へもちあげている敵の士官に一瞥くれつついった。
「わたしの仲間が無事にこの海域からはなれるまで、しばしお付き合い願おうか」
わお!
偽野村は、人質までとってきた。
ってかいまの行動すべて、野村利三郎がやったことになっているんだぞ?
ってか野村だろうとだれだろうと、あんな動きができるわけがない。
ちょっとどころか、やりすぎだろう?
このままでは、「野村利三郎宮古湾に死す」っていうのがリセットされてしまい、「野村利三郎超人伝説」が誕生してしまう。
「ちいっ!」
副長の舌打ちの音が耳に痛いくらいだ。
いえ、副長。この場にいて野村をしる者は、みんなおなじ気持ちです。
副長に共感しまくっていると、偽野村が体ごとこっちを向いた。
敵に背を向けることになるが、俊春は長州藩士にして甲鉄の艦長を務めている中島四郎を人質にとっている。
敵が攻撃を仕掛けられるわけはない。
もっとも、甲鉄に乗船している中島より上の海軍参謀増田虎之助という佐賀藩士が、「かまわぬ。中島ごと血祭りにあげよ」、と命じれば話は別であるが。
が、おそらくそうはならない。佐賀藩より長州藩のほうがはばをきかせているからである。
「さあ、いまのうちにゆくのだ」
いまのは、偽野村の最期の叫びなのか?
「利三郎っ!おまえのことは忘れない。おまえの英雄的行為に、ぜったいに報いるぞーーーーーっ!」
そして、本物の野村が馬鹿なことを叫んでいる。
「今生の別れの最期の言の葉としてきいてくれーーーーーっ!」
偽野村が叫び返してきた。
すごい。
ずっと本物の野村の声真似をしているが、まんまだ。野村まんますぎる。
「わたしは、女子と経験がなーーーーーーーーいっ!」
その一言が、宮古湾に響き渡った。
もしかすると、陸にまで届いたかもしれない。
「女子としたかったのに、たたなかったーーーーーっ!」
「未成年○主張」ならぬ「青年の主張」がつづく。
「どれだけがんばっても、たたぬものはたたぬのだーーーーーーっ!」
戦場なのに、こんなに静かだなんて。
ってつくづく実感するほど静かである。
船体にあたる波の音さえ、いまはしない。
突如はじまった「青年の主張」を、敵も味方も口をあんぐり開けてきいている。
それを、俊冬がご丁寧にもフランス軍の士官や兵卒たちにトランスレイトしている。
「どうやったらたつのか日々精進し、神仏に祈った。だが、だめだった。まったくたちそうになーーーーーいっ!」
いや、本来ならこれは男として切実な悩みである。
マジ、お気の毒な事案である。
しかし、それをいまこの場で、しかも世界史的にみてもめずらしい戦闘のなかで、突如カミングアウトするなんてこと、あるあるなのか?
いいや、当然ないない。
そのとき、だれかがふきだした。それが合図になり、みんないっせいにふきだした。
それは、なにも回天だけのことではない。甲鉄も春日ももう一隻の軍艦も、その艦上にいるあらゆる将兵や乗組員が大笑いしはじめたのである。
「ひいいいいっ、これは最高だ。「たたぬ利三郎」ってわけだ」
「気の毒にな。たたぬがために、女子を抱けぬまま散るってわけだ」
「さよう。気の毒すぎて笑える」
「いかぬ。笑いすぎて脚腰がたたぬ」
「足腰でよかったではないか。あっちじゃなくってな」
おれの周囲で、蟻通や島田らが笑い転げている。
副長もまた、ざまぁ的に大笑いしている。
もちろん、おれもである。それこそ、笑いすぎて脚から力が抜けた。相棒も、めっちゃ「ケ○ケン笑い」をしている。
それにしても、偽野村、つまり俊春のやつ、グッジョブすぎる。グッジョブすぎて、かなり口惜しい。
味方のみならず、いままさに戦火をまじえている敵をも笑わせるとは、どんなお笑い芸人だってできないかもしれない。
それほどすごいことをしてのけているのだ。
さっきのガトリング砲を再起不能にしたこと以上に、おいしくてすごすぎる。
「利三郎っ!みっともないぞ。いさぎよく散らぬかっ!」
面白くないのは、本物である。
本物の野村は、回天の柵を掌でバンバンたたきつつ、甲鉄に向かって叫びまくっている。
ざまぁってやつだ。
「まだだーっ!まだやりたいことがあるんだーーーっ!」
偽野村がいい返してきた。
これ以上、どんな笑いをとるつもりなんだ?
まるでお笑いのライバルのネタを、舞台の袖でみている気分である。
もっとも現代でお笑いの舞台を、袖どころか観客席からでもみたことはなかったが。
「たたない以上、この世に未練はない。だが、野郎にやられるのはいやだ。どうせやられるなら、女子にやられるほうがずっといいーーーーーっ!」
偽野村は、まだ「青年の主張」をつづけている。
またしても、どっと笑いがおこった。




