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英雄 独り舞台

「だめだ、利三郎っ!立つな、あきらめて敵にひれ伏し許しを乞い服従を誓え」


 そして副長もまた、リングサイドからそんなムチャぶりな檄を飛ばした。


 飛ばされた当人は、おれたちをみつめつつかっこかわいい相貌かおを左右に振った。


 かれの表情かおは、じつに悲し気である。その超絶ドラマチックな動作は、おれたちのために一人犠牲になって果てるために、勇気をふりしぼっているかのようにみえる。


 ってか、すでにかっこかわいい相貌かおってところで、野村利三郎からかけはなれすぎていないか?


 野村は、かっこ悪い相貌かおってわけではない。まぁおれほどではないにしろ、そこそこみれる顔立ちではある。


 クラスのモテ男がちやほやされる傍らで、おとなしくってちょっとかわった者好きの女子じょしに、「あの男子、ちょっとかわってるけどよくみたらかっこいいかも?」って勘違いされる系の男子って感じか?


 って思う間もなく、偽野村はおれたちにくるりと背を向けた。


 居並ぶ敵をみすえ、しばし間を置く。


「いま一度申す!わたしは、野村利三郎。歴史に名を刻む英雄だーーーーーーーーーっ!」


 ちょっ……。


「み、未成年○主張」かあああ?


 そういや、あれをよく「YouTube」でみて笑ったっけ。


 ってか、そんなことはどうでもいい。


 俊春、どういうつもりだ?なにゆえ、ムダに野村を英雄に祭り上げる?


 これはさすがに、打ち合わせとはかけはなれすぎている。


 ふと春日に視線をやってみた。

 野村のことも俊春のこともしっている黒田が、春日の手すりにすがりつき、驚いた表情かおでみている。


 当然だわな。


 敵も味方も関係がない。この場にいるだれもが、この驚異的っていうか奇異的な光景に注目している。


 回天は、甲鉄からすこしずつはなれていっている。しかしながら、回天にはジェットスクリューやロケットランチャーなるものが搭載されているわけではない。


「ビューン」とか「シューッ」とかって勢いで、あっという間にこの場からおさらばってわけにはいかない。


 そのために、俊春が事前に幾つかのふねと甲鉄の機関部に細工をしているはずなのだ。


「この名を刻めっ!そして、子々孫々まで語り告げ。日の本一の英雄の名をな」


 俊春は、なんかまだ英雄ごっこをつづけている。


 これもまた、漫画とかアニメとかのパクリなのであろうか?


 そのとき、かれが右腕をあげた。それこそ唐突に、である。


 そういえば、かれはいかなる武器も携行していないはずだ。


 海を潜水して泳ぐのに邪魔だからである。さらにいうと、かれは軍服のシャツとズボンも脱いで、つまり褌一丁で回天から海に飛び込んだ。


 当然のことではあるが、ウエットスーツでないかぎり、衣服着用で潜るわけにはいかないからである。


 おそらく、いま着用しているのは敵のだれかのを奪ったか盗んだかしたのであろう。


『ビュオッ!ビュオッ!』


 そのとき、風をきる鋭い音がした。って耳が捉えたときには、俊春があげている掌になにかが握られている。


「矢?」


 隣の伊庭がつぶやいた。


 をこらしてみてみると、たしかに俊春は矢のようなものを握っている。

 しかも、二本も。


 はっとして俊冬へ視線を転じた。すると、かれはいつの間にか銃からクロスボウにもちかえていたようだ。


 っていうことは、俊冬がクロスボウを発射し、その飛んできた矢を俊春が指の間にはさんで受け止めた、というわけなのか?


 しかも、二本?


 そういえば、会津でもそうだった。


 戦線離脱していた俊冬がとおくの樹上から撃った弾丸たまを、俊春はくないで弾き飛ばしたのである。


 あのときも発射する側に背を向けていた。にもかかわらず、かれはまるでみえているかのように、発射された弾丸たまをくないで弾き飛ばしてしまった。


 いまも同様である。

 背を向けているのに、飛んできた二本の矢を指の間にはさんでキャッチした。


 指の間にはさめるよう、その位置を狙ってクロスボウの矢を放つ俊冬もさすがすぎるが、飛んできたちょうどのタイミングで矢を指にはさむ俊春もすごすぎる。


「なんだか、期待以上のものをみせつけられている気がする」


 また伊庭がつぶやいた。


「でしょう?もっとすごいことだってみることができますよ」


 自慢げにささやいてしまった。


「さあ、野村利三郎が最後のあがきをするぞ」


 俊春は、指にはさんでいる二本の矢を頭上にかかげて敵軍にみせつけながらあるきはじめた。


 居並ぶ敵に向かって、である。だが、四、五歩あるいたところで、これもまた唐突にかれの姿がかき消えた。


 と同時に、敵の兵卒たちの間から叫び声や悲鳴があがった。


 が、瞬きをして瞼をひらけると、さきほどいた位置に俊春が立っている。


 しかも、敵の士官っぽい男の喉元を握っていて、それを頭上にかかげて宙ずりにしているではないか。


「高い代物であろうが、二基のガトリング砲はつかえなくさせていただいた。クランクをまわせぬ以上、さしものガトリング砲も無用の長物というわけだ」


 俊春が不敵な笑みとともに告げた。


 あの一瞬で、兵卒の間に見え隠れしているガトリング砲に迫り、二基ともクランクを破壊したというのか?


 なるほど。

 俊冬が矢を放ったのは、ガトリング砲をどうにかするためだったのか。

 俊春は矢の鏃をつかい、クランクを破壊したにちがいない。


 ガトリング砲は、クランクをまわして発射させる仕組みになっている。


 俊春のいうとおり、それがまわせないとなると、ガトリング砲もただのデカブツと化したってわけだ。

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