英雄 野村利三郎見参!
掌をのばし、回天の船首からぶら下げられている縄梯子にすがりつこうとした。
その瞬間である。
「撃て……」
背後で士官の命令がきこえた、ような気がした。
もうダメか、って思う間もなかった。
一瞬、瞼をとじてしまった。
が、まったくなにも起こらない。弾丸も砲弾もなにも飛んでこない。
それどころか、背後から悲鳴がおこったのである。
うしろを振り返った。仲間たちごしに、敵が大混乱に陥っているのがみえる。
敵のだれ一人、おれたちをみている者はいない。だれもが、おれたちとは反対のほうを向いている。
「いまのうちだ。はやくしろっ」
俊冬が叫びつつ掌を差し伸べてきた。その掌をがっしりつかみ、引き上げてもらった。
縄梯子をよじ登ったり引き上げたりして、全員が回天にもどることができた。
相棒だけは、甲鉄の甲板から回天の甲板へ華麗にジャンプしてもどってきた。
「撤退、撤退っ!」
荒井の号令以下、甲賀が身を伏せた状態で操艦する。
その隣には、俊冬がぴったりはりついている。
回天は、不気味な音を立てつつ甲鉄からはなれようとする。
それはもう、回天は甲鉄から必死にはなれようとがんばっている。がんばりすぎてぶっ壊れてしまうんじゃないかってほど、明るくなりつつある海上に不気味な音が響き渡っている。
「みろ」
だれかが甲鉄の甲板を指さした。
甲鉄の兵卒たちがぶっ飛んでいる。何名もが柵をこえて海に落ち、何名もが柵に激突してそのまま動かなくなってしまう。
かれらも、まさか自分たちのうしろから最強の敵がたった一人であらわれるなど、思いもよらなかっただろう。
俊春という宇宙最強の戦士が、甲鉄の機関部からあらわれるなどとは……。
っていうよりかは、甲鉄に侵入をゆるしたばかりか、機関部に細工をされてそのままそこに潜んでいるなどとは、想像の斜め上をいきすぎていて推測も予想もしなかっただろう。
回天のがんばりで、船体がじょじょに甲鉄からはなれてゆく。
その時点で甲賀はまた隠れ、荒井が引き継いだ。
俊冬が船首部分にもどってきた。
かれは、ふたたび銃を構えた。
相棒は前肢を柵の手すりに置き、まるで指揮官のごとく甲鉄の甲板上をみている。
その瞬間、甲鉄の兵卒の間からなにかが飛びだしてきた。それはそのまま、甲鉄の左舷へと駆けよる。
俊春である。
かれは左舷までくると、急停止した。
「利三郎っ!」
俊冬が叫んだ。
「ゆけっ!ここは野村利三郎が喰いとめる」
そして、俊春が叫び返した。
「な、なにいいいいっ!」
「うそだろう?」
「馬鹿なっ!」
「なんてこった」
「嘘だと申してくれ」
「信じられぬ」
「馬に蹴られて死んじまえっ」
「マジかよ?」
副長、島田、蟻通、中島、尾関、尾形、安富、おれの驚愕の叫びがかぶった。
だれもがその光景、展開に面喰らった。
いや、予定どおりではある。たしかに、予定どおりではあるのだが……。
「利三郎っ!野村利三郎っ!わが軍の英雄野村利三郎っ!おまえの死はムダにはせぬっ、ムダにはせぬぞーーーーっ」
腰を抜かすほど驚いているおれたちの横で、あらたな叫びが起った。
「て、てめぇっ!」
しばし唖然とした後、やっとのことで副長が言葉を発した。
それまで隠れていた野村が、いまこのタイミングであらわれた。しかも、まるで選挙を明日に控えた候補者のごとく自分の名を連呼し、もちあげたのである。
このときになってやっと、だれもが野村のたくらみに気がついた。
なにゆえ野村が素直に回天に乗りこみ、宮古湾にやってきたかを悟った。
ひとえに、自分自身を英雄に祭り上げるためだったのである。
してやられた感がぱねぇ。
「利三郎ーーーーーっ!おまえの尊い犠牲はムダにはせぬぞーーーーっ!」
副長の激おこ状態もなんのその、野村はあくまでも自分を英雄に祭り上げ、非業の死を演出したいらしい。
「利三郎、逃げろ。死ぬことはない。尻尾を巻いて逃げろっ!」
「そうだ。いっそ敵に投降しろ!」
「敵に泣いて詫びを入れろ」
「ひれ伏し詫びをこえ」
「命乞いをしろ」
「そうだそうだ、泣き叫んで死にたくないといえっ!」
「おれたちを売れっ!自身だけ助かりたい、ともちかけるんだああああっ!」
すると、野村に負けじとみんなが叫びだした。
なんとしてでも、臆病でへたれで卑怯きわまりない野村を演じさせたいらしい。
突如繰り広げられはじめたこの壮絶な応援と野次合戦を、味方も敵も唖然とみつめている。
ってか、シンプルに面白すぎだろう?
宮古湾海戦、ギャグかいっ!
ツッコミどころ満載すぎる。
「だめだ、利三郎っ!いさぎよく散れっ、散るんだ」
野村は、まるでリングにあがった「○吹ジョー」に声援を送る「丹○団平」みたいになっている。
もっとも、叫んでいる内容はより過酷で容赦ないが。




