すごいぞ相棒!
意外にも、安富は結構ムチャぶりをしたがるときがある。そして、それを実際にしてしまうこともある。
ただ、それをいまやったら完璧アウトだろうと思う。
ということは、かれは大好きなお馬さんたちに確実に会えなくなってしまう。
「おいおい。そうムチャぶりを申すな。忘れたか?われわれは時間稼ぎをするだけでいいのだ。ここで死んでしまっては、なにもならぬからな」
さすがは島田である。はやる安富をなだめにかかった。
そのとき、びびったからか、あるいは焦りや不安かからか、フランス軍の兵卒が発砲してしまった。とはいえ、敵に狙いを定めるでもなく、ただ威嚇射撃をしてしまったっぽい。
銃の発射音が海上に響き渡ると、敵も反射的に銃の引き金をひいてしまったようだ。
銃をてんでばらばらに撃ってきた。
「Oh la la!」
そのとき、最前列にいたフランス軍兵卒の間からおなじ感嘆語がもれた。
てっきり敵が発砲してきたことにたいしての反応かと思った。
が、どうやらちがうみたいである。
相棒である。かれらのまえで四つ脚をふんばっている。
かれらは、相棒にたいして驚いているみたいだ。
「マジかよ」
思わずつぶやいてしまった。
まえにいる人たちでよくみえなかったが、どうやら相棒は飛んできた弾丸を、口にくわえている小刀ではね飛ばしたか斬るかしたらしい。
以前、相棒は敵の斬撃を小刀で受け止めたことがあった。
そのときにはおれがそれを教えたから、てっきり教えたことを実践しているのかと思いこんでいた。
が、実際はちがった。
相棒もまた俊冬や俊春同様、古今東西の人間のすぐれた遺伝子と狼の遺伝子操作でもって生まれたスーパードッグである。
俊冬いわく、このくらいの攻守は教えずとも軽くできるらしい。ってか、殺陣をみただけでその動きをインプットできるらしいから驚きである。
これまでは、そういう力を隠していたにすぎないというわけだ。
戻ったら、相棒に剣の教えを乞うた方がいいだろうか。
それにしても、その遺伝子の筆頭が副長ってところが、いまだにミステリーである。
ほかの超絶優秀ですごい遺伝子が、唯一劣等な遺伝子をカバーしているのだろうか。
ぶっちゃけ、いろんな意味で信じられない。
相棒にかぎっては、副長の遺伝子と信じられる要素は『沢庵好き』という一点だけである。
その疑惑は兎も角、一瞬敵の攻撃がやんだ。
しかし、いまからはちがう。
敵の士官が、いままさに本格的な攻撃を開始する合図を送ろうとしている。
ご丁寧に、木箱でも運んできたらしい。銃をかまえる兵卒たちのうしろに、それを置いてその上に立ち、まだ明けきらぬ暗い空に采配がわりに拳銃を握ってかかげている。
「撃ち方はじ……」
敵の士官がそう叫びかけた。
この間、たったの数秒である。
叫びがおわるまでに、かれの握る拳銃が木っ端みじんに吹っ飛んだ。
まだ薄暗いなか、甲鉄の艦上に焚かれている灯火でそれをはっきりとみることができた。
「パーン!」
すこしおくれ、発射音がなり響く。
こんな離れ業をしてのけるのは、古今東西で一人しかいない。
「世界一のスナイパー」、である。
うしろを振り返ると、俊冬が回天の船首で自分で改造したスペシャルライフルを構えている。
かれは、間髪入れずにまた撃った。
自分自身で取り付けたスコープはつかわず、肉眼で発射している。
その相手は……。
回天に迫っている春日とはちがう、軍艦の一隻にいる士官である。
俊冬は、砲手に指揮をしているその士官の軍帽をふっ飛ばしてしまった。
かれは、さらに撃った。
銃をすばやくかえ、つぎなる相手に向けて……。
おつぎは、春日の艦上にいる士官の軍帽をふっ飛ばした。
俊冬の神業をも超えるスッゲー連射を目の当たりにし、ときがとまったかのようにすべての動きがとまっている。
春日の艦上に、薩摩藩の重鎮の一人である黒田がこちらをみているのがみえた。
それほどまでに、回天と甲鉄、それから春日の距離がちかいというわけである。
「撤退しろっ!撤退だ」
そのとき、回天から副長が叫んだ。
荒井や甲賀との打ち合わせどおりに、である。
甲鉄の乗組員たちが態勢を整えた以上、長居は無用である。俊冬の類稀なる狙撃をみせつけられたとはいえ、動きをとめられるのはほんの一瞬のことである。だれもがすぐにわれに返るだろう。
そして、気がつくだろう。
戦況は、どちらに不利かということを。
俊冬は、また銃をかえて構えなおした。蟻通と中島の二人が、そのすきにニコールらにさきに回転へ戻るよう合図を送る。
敵軍は、そのときになってやっと息を吹き返した。
「かまえーっ!」
ついさきほど采配がわりの銃をぶっ放された士官とはちがう士官が、兵卒たちに指示をくだした。
われにかえった兵卒たちは、指示どおりに銃をかまえる。
ニコールたちは、回天へもどれた。
つぎは、おれたちの番である。一人一人、順にもどってゆかねばならない。
が、全員というには間に合いそうにない。
「主計っ、さきにゆけ」
蟻通が叫んだ。
史実では負傷することになっているおれを、さきにゆかせようというかれの心遣いである。
かれだけではない。だれもがさきにゆくよう場所をあけてくれた。相棒もまた、おれを護るように敵に向かって四肢を踏ん張っている。
ありがたすぎて、日頃の職場内いじめを忘れてしまいそうになってしまった。




