いよいよつっこみます
『大丈夫。利三郎はぜったいに死なないよ』
俊冬は、口の形でそういってきた。
ああ、わかっている。
野村を殺ろうと思っても、弾丸も砲弾も刃もすべてかれを避けてしまうだろう。
ったく、野村は図太いやつだ。
苦笑してしまった。
宮古湾へ到着したのは、マイ懐中時計が午前四時四十五分をすぎたときである。
「高雄は?高雄はみえぬか?」
甲賀が見張りの兵に尋ねた。
「みえません」
ソッコーでかえってきた。
その見張り役の兵の掌に、望遠鏡が握られている。
「パイレーツ・オ○・カリビアン」など、海賊映画などにでてくる海賊がつかっているような望遠鏡である。
「申されるとおりですね」
甲賀が、副長にそういった。
「機関部の故障で、速力がかなりおそくなっているはずです」
おれの言葉に、甲賀はうなずいた。
「敵艦は、静かなものです」
敵艦を見張っている兵士が報告にきた。
『気づかれるまえに奇襲をしかけるべきだ』
フランス語でそう主張したのは、ニコールである。それを俊冬がトランスレイトする。
ニコールがおれたちをチラ見している。おそらくかれは、俊春を探しているにちがいない。
かれらフランス軍士官は、俊春にコテンパンにやられてから俊春のことを悪魔のごとく怖れているようだ。
かれらは、もうじき「祓魔師」を呼びよせるかもしれない。
この時代はどうかわからないが、現代のフランスではプロテスタントよりカトリックのほうがおおいらしい。
「祓魔師」とは、カトリック派で用いられる用語であると記憶している。
それは兎も角、荒井と甲賀はニコールの意見を尊重することにした。
高雄がすぐにはこないことをしっている。このままでは、奇襲のチャンスを逸してしまうからである。
「甲賀君」
荒井がうなずいてみせると、甲賀はおおきくうなずいた。
「亜米利加の国旗をかかげろ!」
それが合図である。
一瞬にして、全乗員に緊張がはしる。
いよいよだ。いよいよ戦闘が開始される。
回天は、弦から放たれた矢のようにまっすぐ目標にはしってゆく。
甲鉄号に向かって……。
これまでの速さとちがい、兎に角めっちゃ速い。
回天ってこんなに速く海をはしれるんだ。
ムダに感心してしまった。
ニコールをはじめとするフランス軍の士官や兵士は、すでに準備を整えて回天が甲鉄にぶつかるのをいまやおそしとまちかまえている。
こういったあたりは、なんやかんやといいながらちゃんと仕事はするんだな。
またしてもムダに感心してしまった。
って感心している間に、甲鉄らしき艦がみえてきた。
おおっ、あれが甲鉄号?
現代はもちろんのこと、第二次世界大戦時などで活躍した各国の空母や巡洋艦などをしっているおれにとっては、シンガポールのマーライオンやコペンハーゲンの人魚姫やブリュッセルの小便小僧といった、世界三大がっかりに札幌の時計台をおまけにつけ、それらと同様にそのおおきさや威容にがっかりしてしまった。
もっとも、この時代の艦である。期待する方が悪いんだろう。
ということにしておくことにする。
「移乗準備!」
副長の命に、だれもが気合を入れなおす。
「あー、副長。おれは、予定どおり機関部にひっこんでいますので」
指揮官ぶっている副長に、小声で告げた。
だって、ついこのまえ副長がそういったんだ。そうするのが筋だろう?
「馬鹿野郎っ!史実より人数が減っているんだよ。新撰組の幹部だけなんたがらな。死んだり死ぬような怪我をおったりってのは、おまえだけではなくだれもが等しく可能性がある。それを、おまえだけが抜けるだと?寝言は寝てからいいやがれっ」
ほら、やっぱりだ。
ぜったいにこうなるってわかっていたんだ。
「じゃあ、利三郎もですよね?あいつもいっしょに移乗すべきだ」
「利三郎の影武者がすでに移乗してる。利三郎が二人も三人もいるわけないだろうが」
「はああああ?」
副長の屁理屈にはつき合いきれない。
だったら、いっそのこと『相馬主計は宮古湾の戦いで甲鉄上で華々しく散った』っていう筋書き、もとい史実だったらよかったんだ。
それであったら、おれも回天に残れたんだ。
負傷、なんていう中途半端な史実が残っているからいけないんだ。
「大丈夫だよ。きみも死なない」
「ひえええっ」
右耳にささやかれ、飛び上がりそうになった。
「たま、頼むからそれはやめてくれ」
「ふふふっ。きみって耳が性感帯なんだね」
「なっ……。あほかっ!」
想像の斜め上どころか成層圏をこえた俊冬の返しに、思わず怒鳴ってしまった。
「いやだな。『あほか』って、きつすぎるよ」
「きつくないよ。おれにとっては、馬鹿のほうがよっぽどきつい」
これもよくいわれることである。
東京の人は、人を悪くいうときに「馬鹿」をつかう。だから、「あほ」はきつくきこえるらしい。
だがしかし、大阪の人は「あほ」をよくつかう。よって「馬鹿」といわれるとマジでへこんでしまうのである。




