勝利の余韻
みなのところに戻ると、永倉が無言で、おれの肩を力いっぱい叩いてくる。
両瞳は、いつになく柔和な光を湛えている。
そして、斎藤もまた、きき掌である左掌で、こちらは軽くおれの肩を叩いて祝福してくれた。爽やかな笑顔でもって。
井上、原田、山崎、島田もまた、おれの勝利を讃えてくれた。
ていうか、なにゆえおれのときだけ、こんなに喜んでくれるのか?
あぁそうか、最初から負けるとふんでいて、まぐれ勝ちしたからか・・・。
自分なりに、そう解釈する。
それでも、勝てた。そして、それを喜んでくれる仲間がいる。そこまで考え、はっとする。
仲間・・・。
こんな一体感は、学生時代の団体戦でもなかった、かもしれない。たしかに、試合場に立てば、一対一の個人戦である。野球やサッカーなどのように、ほかの選手と連携することはない。が、チームの勝利に対しては、どちらもおなじ想いである。
その為に、先鋒から大将まで、その力量やメンタル面にあわせ、うまく割り当てられる。そして、得手不得手の練習の違いはあれど、勝利に向かってほぼ同様の研鑽を積む。
だが、勝利してこれほど嬉しく、みなの為にがんばれた、という実感は一度たりともなかった。
なにゆえであろうか・・・。
仲間という言葉自体、自然とでてきたことも含め、不思議でならない。
「なにをぼーっとしてやがる?よくやったな、主計。みな、自身のことのようによろこんでいるぞ。無論、おれもだ。おめぇが新撰組にきてから、おれたちの足をひっぱらねぇように、兼定を一人にしちまわねぇようにと、人一倍がんばってるってことを、みな、わかってる。けっして、おめぇが弱いって思っちゃいねぇし、ましてや足をひっぱってるとも思っちゃいねぇ。その努力が結果として実を結んだことを、おめぇが実感したことを、喜んでるんだ」
はっとすると、副長が眼前にいて、おれの顔を覗き込んでいる。
いや、副長の話の内容そのものは、おれにとっては嬉しいものばかりだし、そう説明されると納得がいく。
が、おれはこのときなぜか、その長い説明のなかでたった一語だけ、無性に気になった。
(兼定を一人に・・・)
意味に、ではない。一人、という人称をつかったところにである。
「主計ー!」
鼓膜が震えるほど大声で呼ばれ、またしてもはっとする。
眼前にいる副長を吹っ飛ばすほどの勢いであらわれたのは、もちろん、局長である。
涙を、ぽろぽろと流しているではないか。
「総司の技を、遣ってくれたか・・・。まるで、総司をみているようだったぞ」
もはや、だれもなだめられぬほど興奮している局長は、両方の掌でおれの両肩を容赦なく打つ。これはもう、掌で叩くというようなほほえましい範疇は、とっくの昔にこえてしまっている。
両肩が、軋んでいる。骨が、悲鳴を上げている。
だれもが笑っている。俯いて、笑いを噛み殺しているか、ちいさく笑っている。
絶対に、「沖田の三段突き」とは比較にならない。
みな、おれの「なんちゃって、三段突いてみました」を、局長があまりにも曲解していることを、笑っているに違いない。
「ほいたら、相馬君のがんばりに、負けてはいかんちやね。あしも、いってきゆう」
頭を、軽く撫でられた。その掌を追うと、坂本の笑顔がある。
坂本はそう宣言すると、片脚立ちになり、片方ずつ長靴を脱ぎ捨てる。おれの掌にまだ握られたままの木刀をとり、それから、総髪をぼりぼり掻きながら試合場へとあるいてゆく。
陽光のなか、大量のフケが、雪の結晶のようにキラキラ舞っている。