リアクション
「此度の甲鉄奪還作戦だがな。結局、回天が甲鉄にぶつかることになる。その上で、ニコールら仏蘭西軍の軍人たちと新撰組が、甲鉄に乗りこんで斬りこむのだ。高雄は、また機関部がつかえなくなる。つまり、甲鉄にたどりつけない。ゆえに、回天がぶつかるわけだ」
荒井も甲賀も、一言も言葉を発することなく副長の話をきいている。
っていうか、発する言葉もないのだろう。
「甲賀君、きみはそこで被弾する」
副長がこちらにちらりと視線を向けた。
「回天は援護してくれる艦もなく、孤立無援で戦います。敵の艦に取り囲まれ、集中砲火をあびてしまうのです。甲賀先生。あなたはその集中砲火で、まずは腕と胸を撃ち抜かれます。それでも艦長として指揮をつづけます。が、弾丸に頭を貫かれてしまう。死んでしまうのです。それをみた荒井先生は作戦中止を即座にきめ、みずから回天の舵を握って甲鉄からはなれ、戦場から離脱します」
ウィキに載っていることを、淡々と語った。感情をあらわさず、いかなるかんがえや思いを心に浮かべることなく。
沈黙がいたすぎる。だれかなんらかのリアクションをとってほしい。
荒井でも甲賀でもいい。
『そんな馬鹿な』
『戦のまえにかような不吉なことを申すなどと、無礼にもほどがある』
『これだから新撰組は』
『馬鹿馬鹿しい。話をきいて損をした』
『ときのムダであった』
否定しまくり、ディスりまくり、さらには呆れかえりまくってくれたほうがよほどいい。
「すみません。こんなこと、眉唾どころか無礼すぎますよね。しかし、いまいったことはかなりの高確率で実現します。あなた方にお伝えしたのは、それを回避したいからなんです」
頭を下げて謝罪した。なぜか、そうしたくなったからである。
「どうする?おれたちは退散したほうがいいか?いまの話の内容について、ときをやりたいところだが、あいにくそのときがない。これ以上話をしたくなかったら、おれたちはここから去る。今後、この話はいっさいしないし、このあとの作戦も作戦どおりきっちりおこなう。きみらしだいだ」
再度、副長がうながしてくれた。
そしてまた、沈黙がおりた。
副長はこれ以上話をしたくなかったらやめるといったが、そのつもりはさらさらないはずである。
もしも二人が拒絶した場合、『さよでっか。ほな、さいなら』ってひっこむわけはないのだ。
そのときには、俊冬と俊春に暗示をかけてもらわなければならない。
荒井と甲賀に暗示をかけ、無理くりにでも協力してもらうことになる。
こういうときは、やけにながく感じられる。
やっとリアクションがあった。
甲賀が、息を吐きだしたのである。
「申し訳ありません」
肺にたまっているものを全部吐きだしてから、かれは気弱な笑みとともに謝罪してきた。
その笑みをみた瞬間、罪悪感にさいなまれた。
もしかしたら、いらんことだったのではないのか。
かれを助けたいというのはおれのエゴにすぎず、かれ自身にとってはおおきなお世話なのかもしれない。
回天の艦長として、おおくの乗組員の生命をあずかっている。それを、自分の生命が危ないからといって逃げ隠れできるわけもない。
「あまりにも唐突な話でしたので、理解するまでにときがかかってしまいました」
『おまえ死ぬぞ』宣言された甲賀は、そういってから両肩をすくめた。
荒井が気遣わし気な視線を向けている。
「まだ話をしてもいいか?」
副長は、その甲賀としっかりと視線を合わせて確認をした。疑問形らしく語尾はあがってはいたが、問いではなく確認である。
副長は、さきほどの甲賀の言葉を否定とはとらなかったのだ。
甲賀は、かすかにうなずいた。
「荒井君、きみは?」
副長は、荒井とも視線を合わせて確認をとった。
荒井もまた、無言でうなずいた。
「ならば、話のつづきをさせてもらう。一方的に告げて悪いが、なにせときがない。甲賀君。きみのことは、たまがきみの側にいてきみを護る予定にしている。最高にして最強の護衛役だ。だが、きみがむやみに動きまわれば護るに護れぬ」
副長は、荒井と甲賀がちゃんとついてきているかを確認するかのように言葉をとめた。
「此度きみらにこの話をしたのは、そのことだ。艦長ゆえ機関部にこもっていろとはいえぬ。それ以前に、おれにかような権限はない。力づくでということになれば、きみの手下、いや乗組員がゆるさぬであろう。ならばいっそ、打ち明けて協力してもらったほうがいい。これが、おれたちの間で話し合った結果だ」
そしてまた、副長は言葉をとめた。
副長はどうしてそんな不吉きわまりない未来をしっているかについて、まだ一言も語っていない。
例の「胡散臭い予言師」だの「怪しげな呪術師」だのといったごまかしですら、告げていない。
もしも荒井か甲賀のどちらかが尋ねてきたら、なんと説明するつもりなのであろうか。
いまさらだが、ふと思った。




