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「ザ・コーヒー」

 カップをかたむけ、口に液体を流し込んだ。


 淹れてから時間が経っていることもあり、大分とぬるくなっている。それは仕方がない。その分、口中でじっくり味わえる。


 ワインではないが、舌の上で転がしてみた。


(……!)


 な、なんじゃこりゃ?


 あまりの衝撃に、液体をごくんとのみこんでしまった。


 器官に入ってしまった。思わず、むせてしまう。


 俊冬と俊春も同様である。


 三人でむせまくってしまった。


「な、なんかちがうね」

「あ、ああ。おれたちがのんでいたのは、コーヒーの歴史のなかで完成されたものだからな」

「ごめん。せっかく淹れてくれたけど、正直、衝撃的な味だって認めざるを得ない」


 三人で相貌かおをみあわせてしまった。


 なんだろうか。なんともいえぬ味わいなのである。


 コーヒーは苦みが強いものとか酸味のきついものとか、豆の種類によって味は異なる。


 が、これはなにか根本的にちがうようだ。


 酸味というよりかは『スッパ!』って感じだし、苦みというよりかは『どんよりしびれる』感じがするし、なにより『かび臭い』って感じもある。


 つまりトータルすれば、これまでのコーヒーの味わいを根底から覆すような、新種の味わいってわけである。


 ぶっちゃけ不味い。


「おお、これはうまい」


 副長は、そんなおれたちの絶望感など気がつくまでもなく、嬉々としてコーヒーを味わっている。


 砂糖をおおく投入しているから?

 ならば、砂糖を入れてみればいい?


 いや……。


 それもなんかちがうだろう。


 まったく味をしらなければ、いまのんでいるこれがそうと思ってしまう。


 白湯や日本茶とはまったく異なるテイスティングである。どんな味でもうまく感じられるのかもしれない。


 くわえて、副長と相性がぴったり合うのかもしれない。


「これはこれで、慣れればいいだけだ。そうだよな?」


 うまい認定をしている人がいる。そう。未来のコーヒーと比較するからいけないんだ。


 これがコーヒーの元祖で、こういう味なのだと割り切れば、のめないことはないはずだ。


 一応、コーヒーなのだ。堪能すべきである。


「そうだな。きみがポジティブシンキングでよかったよ。わんこ、かれを見習おう」

「そうだね。せっかくだから」


 二人とともに、『ザ・コーヒー』を愉しもうと努力をした。


 以降、奇想天外な味わいのこのコーヒーのことを、おれたちの間で『ザ・コーヒー』と呼ぶことにした。


 俊冬と俊春は、おかわりも準備してくれていた。


 副長は、すっかりコーヒーを気に入ったらしい。


 副長はもちろんのこと、俊冬と俊春とおれも二杯目をのむころにはそのひどい味にすこしは慣れ、三杯目にいたった頃には「こういう味」だとヨユーをもってのめるようになった。


 結局、副長は三杯のみ、おれたち三人は四杯のんだ。


 これだけのむと、当然あらわれる効果がある。


「なんだあ?今宵は、まったく眠くならぬな」


 副長がいいだした。おれはすでにそれを感じている。


「このくらいの時刻になれば、いつもなら書類の文字を追っているだけでうつらうつらするのだがな。今宵は、うつらうつらどころかますます冴えてくる」

「ええ。これが、コーヒーの効果です」


 俊冬は、患者に病名を告げる医師のように冷静に告げた。


「なんてこった。明日のために、すこしは眠った方がいいのにな」

「同様です。昔は、おれもこのくらいで眠れないってことはなかったんですが、ひさしぶりすぎてカフェインの効果が覿面にあらわれています。きみらも……」


 俊冬と俊春に同意を求めようと、そちらに視線を向けてみた。しかし、日頃から仙人レベルの生活を送っている二人である。


 カフェインを摂取しようがしまいが、眠れなくなるなんてことはないにちがいない。


 そもそも、眠っていないのかもしれないし。


 それを悟り、ソッコーで同意を求めることをあきらめた。


「まあいいか。せっかくの機会だ。朝まで話でもしよう」


 今夜の副長は、あきらかにいつもとちがう。

 やさしげにこんな提案をしてくるなんて、どうかんがえたっておれが死ぬからとしか思いようがない。


 あるいは、野村の影武者を務める俊春が死ぬか。さらには、甲賀をかばって俊冬が死ぬとか。


「ちょっと、きみ。どうしてもぼくたちを殺したいみたいだね。きみ自身が死ぬかもって推測するのは勝手だけど、ぼくらまで巻き添えにしてほしくないんだけど」


 俊春にツッコまれてしまった。


「だって、副長がやさしいからつい……」

「あああああ?おれが朝まで話をしようっていってなにが悪いんだ」

「いえ、悪いわけでは……。あ、そうだ。これは、グッドタイミングだ。親父のことをきかせてくれないか?このまえ、いっていただろう?親父のことをききたかったら、後日おしえてくれるって」


 副長にまた拳固を喰らうまえに、そう提案してみた。もちろん、その相手は俊冬と俊春である。


「いいけど……」


 気を遣ってか、俊冬が横に座る副長をチラ見した。


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