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夢にまでみたブラックな飲み物

「きみはブラック派っぽいよね」

「よくわかったな、ぽち。おおむねブラックさ。胃の調子が悪いときとかはカフェオレにするけど。たまもブラック派だろう?ぽち、きみはミルクと砂糖をたくさんいれそうだよな」

「なにそれ?ぼくはお子ちゃまだっていうこと?失礼な。ぼくもブラック派だよ」

「ごめんごめん。あたためたミルクをたっぷりと砂糖をドバーッて感じがしたから」

「きみ、コーヒーいらないわけ?」

「だから、ごめんってば」


 俊冬がふいた。


 俊春をちょっとからかってみたくなっただけである。


「コーヒー?」

「ええ。副長には、別に砂糖をもってきました。たくさん入れた方がのみやすいと思います」


 できた男である俊冬は、副長用にと砂糖をちゃんとシュガーポットらしきものにいれてもってきている。


 この時代、すでにコーヒーじたいは日本に入ってきている。

 オランダ人商人が、商品としてもってきたのである。


 現代で「コーヒー命」、という人はおおい。それこそ、カフェイン中毒という言葉があるほど需要がおおい。

 喫茶店だけではなく、美味いコーヒーをのませてくれるチェーン店もたくさんある。


 が、この時代では現代ほど需要がないのは当然のことであろう。


 室内の灯火のほの暗さのなかでも、コーヒー独特の色合いがみてとれる。


「コーヒー・ビギンという方法で淹れてみた。ポットにコーヒー粉の入っている布袋をたらすんだ。その方法が、ドリップ式の原型だね。本来ならサイフォンで淹れたかったんだけど、さすがにそれは入手できないから」


 俊冬が説明してくれた。

 この際、どんな方法でもかまわない。


 ちなみに、ドリップ式は1800年頃にフランス人が、サイフォン式はそれより40年ほど後にイギリス人が、それぞれ発明した。


「マジ最高だよ」


 いそいそと座りなおし、両手をもみあわせてしまった。


「ずいぶんとご機嫌だな」


 テーブルの向こうに座った副長は、訝し気な表情かおになっている。


 俊冬は副長の横に、俊春はおれの横に腰かけた。


「カステラ、じゃないね。カステーラは、高松先生からの差し入れです」

「ああ、箱館病院の?」


 俊冬のいった高松先生というのは、衝鋒隊の隊長古屋の実弟であり、箱館病院の院長を務める高松凌雲である。


 さきほどの宴にも招かれていて、例の今井の騒動のときに相貌かおを合わせた。


 俊冬が、副長のカップに砂糖を数杯入れてやった。


「きみらだけでなく、神と仏にも感謝したいよ」

「気持ちはわかるよ。アメリカ人がもっていてラッキーだ。まだあるから、この海戦がおわったらまた淹れるよ」

「なら、怪我でのめなくなるっていう事態は断固として避けねば」


 おれがいうと、俊冬はみじかく笑った。


 かれは、なんかますます副長に似てきていないか?


 副長の遺伝子を継いでいると知ってしまってから、より一層そうみえるのか?


「この泥水みたいなのが、かようにうまいのか?」


 副長は、ますます訝し気になっている。


 それはそうだろう。コーヒーのことを知らなければ、この色に抵抗があるかもしれない。それと、香りも。


「最初はまずく感じるかと。ですが、常習性があります。のみだすとコーヒーをのまないとイライラしたりします。おれは、日に三、四杯はのんでいました」

「酒、みたいなものだな」

「ある意味そうかもしれませんね。のんでもいいよな?」


 最高のプレゼントを準備してくれた二人に尋ねると、二人とも同時にうなずいた。


 二人も、どことなくうれしそうだ。


 そうだった。


 二人はアメリカで生まれ、そこですごす期間が一番長かった。コーヒーに慣れ親しんでいるだろう。


 ふと視線を感じた。そちらをみると、相棒が鼻をひくひくさせつつこちらに熱い視線を送っている。


「え?まさか相棒もコーヒーをのむ、なんてことないよな?」


 犬という姿形ではあるが、人間ひとの、具体的には副長など人間ひとの遺伝子を継いでいるから、コーヒーだって飲めそうな気がする。


 フツーの犬は、コーヒーの摂取はタブーである。

 コーヒーに含まれるカフェインが、中毒をひきおこすからである。場合によっては、生命いのちを落としてしまうこともある。


「さすがに、コーヒーはダメだろう……。え?なめる程度なら大丈夫?でも、好き好んで苦いものは摂取したくない?」


 俊春が、相棒の気持ちを代弁してくれた。


 さすが人類の叡智は、ちょっとちがっていてすごい。


「では、いただきます」


 あらためて両掌を合わせ、俊冬と俊春もふくめてすべてに感謝をした。


 カップを掌にとり、まずはその豊潤な香りを思いっきり吸い込んだ。


(……?)


 記憶にあるコーヒーの香りとはなんかちょっとちがう気もしないでもないが、そこは記憶ちがいということでスルーすることにした。


 そっと俊冬と俊春をうかがうと、二人もビミョーな表情かおになっている。


 つづいて、副長の表情それをうかがってみた。


 コーヒー初体験ということもあり、「ほう」とか「へえ」とかつぶやきつつ香りを愉しんでいるみたいである。

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