副将 相馬主計
「はじめっ!」
どこかとおくで、審判の開始の宣言が・・・。
それほど、集中している。
なんの変哲もない正眼の構え。頭のてっぺんからつま先まで、ざっと観察する。わずかに左のつま先が外に向いているくらいで、とくに癖らしい癖はみうけられない。
向こうも、おれをじっとみている。はっきりと瞳までわかる。表情がわかるぶん、やりやすいのかとも思うが、反対に、おれの表情もよまれているというリスクもある。
これが剣道の場合、自分より強い相手だと、面のなかの相手の表情を探るのは難しい。
だが、相手が経験不足の場合、そのなかにある瞳が、つぎに打つところをみている。だから、それを受け流すか防ぐかし、相手のがらあきになったところを打ってゆけばいい。
いわゆる、後の先である。しかし、相手が経験豊富であれば、逆にそれを利用してくる場合がある。
もしくは、全体をみているのでよみようもないか。
北村は、さすがに経験豊富なだけある。おれそのものを、外見だけでなくなかまでみすかすかのような瞳をしている。
つけいる隙などないし、ましてや、その心をちらりとでもよむことなどできないだろう。
このまま睨み合いをつづけ、ときをかければ、経験不足のおれのほうが精根尽き果て、思うつぼに陥るのはあきらかである。
きめるなら、はやいほうがいい。しかも、まっとうな方法でないほうがいい・・・。
木刀を頭上に振り上げる。同時に、右脚を後ろへひく。
蜻蛉の構え。
北村の表情に、なんの変化もない。さすがである。
「きえー」
腹の底から、それこそ横隔膜が震えるほど、奇声をはっする。
刹那、北村の瞳に動揺がはしったのを見逃さない。ゆえに、迷わない。
左脚をそのままにし、右脚で大きく踏み込む。
なんちゃって示現流の初太刀。絶対に無茶苦茶な型だと自信がある。が、そこは、スピードでごまかす。
会津藩士である北村が、江戸詰めのときやこの京で、薩摩藩士や示現流の遣い手と遣り合う機会があったのかどうかはわからない。だが、道場稽古でないかぎり、そうそう機会はないはず。そして、その道場稽古ですら、そうそう機会はないであろう。それに賭ける。
猿叫、この絶叫だけで、示現流のことをきいたことがある剣士のおおくがびびるはずである。
おれのなんちゃって初太刀が空を斬る。北村が、うしろへ飛び退ったからである。いや、そうするだろうと想定している。だから、渾身ではなかったその初太刀を、丹田の位置で止める。間髪入れず、右脚をさらに踏み込み、北村との間合いを詰める。丹田の位置からそのまま突く。北村は、さらにうしろへ飛び退る。
さすがである。同時に、右の掌だけで迷わず木刀を払ってくる。おれの軽い突きを、払うつもりなのであろう。
「かんっ!」
木刀同士が接触する、小気味よい音が耳に飛び込んでくる。
払ってきた木刀をしっかり受け、さらに突いてゆく。つぎは、左脚で間を詰める。飛び退るより前進のほうが、はるかに間はちぢまる。
北村の動揺が、手に取るようにわかる。朴訥とした表情にも、しっかりとあらわれている。払えなかった突きがさらに襲ってきたのだから、焦りもするだろう。うしろへ退くしかない。
北村は、おれの二打目の突きも、飛び退ってかわそうとする。
左脚をそのままに、右のつま先が地につくよりはやく、三打目を繰りだす。二打目はダミー。この三打目が本命で、片脚が地についていない、北村の不安定な上半身を確実にとらえる。
北村が、右の手首を懸命にかえそうとしているのが、視界の隅に映る。だが、おれのほうがわずかにはやい。
剣先が、北村の喉に喰らいつこうとしている。
「ま、参りました・・・」
しぼりだすような声というのは、まさしくこういう声なのであろう。
北村の喉元紙一重で、突きを止める。
北村が降参するのを想定していたので、それを止めることができた。
なんちゃって示現流、そして、「なんちゃって沖田の三段突き」により、おれは勝てた。かろうじてだけど・・・。
なんちゃって、に感謝しながら北村に一礼し、まっているみんなのところへ戻った。