副長の愛情表現
今井の死についての考察はひと段落し、明日の打ち合わせをおえてから解散となった。
といっても、島田らは伊庭と安富らの部屋に泊めてもらうことになっている。適当に分散し、それぞれの寝床へと散っていった。
「おまえらもここに泊まれ」
副長は、みんなにつづいてでてゆこうとする俊冬と俊春と相棒の背に声をかけた。
「お言葉だけいただきます」
三人は、同時に振り返った。
俊冬が拒否った。想定内の返答である。すると、副長は立ち上がって窓のほうへ体ごと向いた。
「みろ、雨だ。まさか、今宵まで鍛錬をするつもりではないだろうな?」
「つねに動いておかないと、調子が悪くなって死んでしまうのです」
「って、マグロかいっ!」
俊冬にツッコんでしまった。
マグロは、生涯ずっと高速で泳ぎつづけるというすっげー魚である。なんでも、泳ぐのをやめると窒息してしまうのだとか。ゆえに、泳ぎつづけなければならない。眠るときも代謝をすこし低くし、速度を落として泳ぎつづける。
壮絶な一生を送らなければならないわけである。
「ったく。どこかのだれかさんに見習ってもらいたいよ。というよりかは、おまえらがどこかのだれかさんを見習ってほしいもんだな」
「どこかのだれかさんって……。ご自身のことですか……、イダッ!」
副長にツッコむと、またもや拳固を喰らった。
「なにゆえ、すぐに暴力に訴えるのです?このままでは、おれの頭が悪くなってしまいます。ってそこ、元々悪いなんてこと思うんじゃない」
俊春がかっこかわいい相貌に笑みを浮かべたので、釘をさしておいた。
「暴力でなきゃわからぬからだ」
「はあ?おれは、そんなにわからずやでも物分かりが悪いわけでもありません。だいたい親父にだって殴られたことがないのに、副長はしょっちゅう殴るじゃないですか」
ちょうどいい機会である。上司のパワハラを糾弾しておこう。
いまでは、暴力が当たり前のようになってしまっている。
勇気を奮い、正義を振りかざし、それを正すのだ。
「すまぬ」
なな、な、なんと。副長が、しおらしく謝罪してきた。
拍子抜けというよりかは、不気味すぎる。
「殴ったり蹴ったり斬ったり撃ったりするのは、おれの愛情表現だ」
「はい?」
だとすれば、ずいぶんと斬新な愛情表現である。
「言の葉にするよりも、そのほうがはやいからな。ほら、接吻とおなじことだ」
「はあああ?」
だとすれば、ずいぶんとあらっぽい愛情表現である。
ってか、想像の斜め上をいきすぎている。
「わかりました。もういいです。副長がおれをどついたりしばいたりするのは、副長なりのスキンシップということにしておきます。ですが、もうすこしおてやわらかにお願いします」
「努力しよう」
素直にうなずく副長のイケメンを眺めつつ、『ほんまにわかってるんかいっ!』って心のなかなかでツッコんでしまった。
「丸くおさまったところで、おれたちはこれで」
どさくさまぎれに俊冬がいい、俊春と相棒とでそそくさとでてゆこうとする。
「雨、めっちゃ降ってるぞ。わずかな時間でも体を休めろよ」
窓ガラスをみると、さきほどより雨の降り具合がひどくなっている。雨粒が超叩きつけられている。
雨の勢いは、どんどんひどくなっている気がする。
「今宵は、おれも書類仕事をせぬ。しばし、座して話をしよう。そうだな。主計の親父さんのことをきかせてくれ。主計とくらべて笑おうではないか」
副長が誘った。
めずらしいこともあるもんだ、とシンプルに驚いた。
そんな副長の誘いを、ある意味強情な二人は拒否るかと思った。
「そうですね。たまには、いいかもしれません」
が、俊冬と俊春はたがいに相貌をみあわせてからその誘いにのった。
これもまた意外である。
「ならば、とっておきのものを淹れてきましょう。松前に滞在している外国、いえ、異国の商人から譲ってもらったものです」
俊冬がいい、俊春とつれもってでていった。
まさか、そのままとんずらするんじゃないのか?って一瞬疑ってしまった。
しかし、相棒は副長の部屋に残るようだ。しかも部屋のなかをとことこあるきまわり、寝心地のよさそうなところを探し、ついにみつけたようである。
そこはなんと、この部屋のなかで一番高価そうな一人がけの椅子であった。
骨董品っぽさ全開で、座るところも背もたれもビロードにおおわれている。めっちゃでかい椅子である。
相棒は、さっそくそこに『よっこいしょ』とばかりにあがり、四つの肉球でビロードを踏み踏みしてから伏せの姿勢になった。
その豪奢な骨董品まがいの椅子は、大型犬が伏せをすることができるほどおおきな椅子なのである。
「あの……。すみません」
本来なら、その椅子は副長が座るはずである。なのに、相棒がとっとと寝床認定してしまった。
一応、相棒の散歩係である、もとい相棒の相棒なので気を遣ってしまったのだ。
おずおずと副長に謝罪をした。




