巨人を駆逐しちゃいたい
「主計、いまのはすごく失礼だよ。おれの名誉を踏みにじったもおなじことだ」
「はあああ?パイ乙なんて言葉を利三郎に教えたのはたま、きみしかいないだろう?ってかそんな言葉、よくしっているよな」
「パイオツって、どういう意味かな?」
好奇心旺盛な永遠の少年島田が、またしてもしりたがっている。
子どもらも、瞳を輝かせてこちらをみている。
「おっぱいです」
恥ずかしすぎて小声になってしまった。
「なんだと?きこえなかったぞ」
なにゆえか、副長がクレームをたたきつけてきた。
「おっぱい」
「ああああ?腹に力をこめて怒鳴りやがれ」
「はいいいい?そんなことをいって、副長は意味がわかっているんじゃないですか。だったら、副長が教えてあげてください」
おそらく、『おっぱい』という言葉じたいは、幕末くらいには使われていたかと思う。
「わかりました。わかりましたよ。おっぱいは、女性の胸のふくらみのことです」
横隔膜を震わせつつ、会場内に響き渡るほどの大音声でいってやった。
人体の構造っぽい表現にしたのは、苦肉の策であることはいうまでもない。
「女性の胸のふくらみ……」
周囲の何人かがつぶやいた。
「ったく、わかりにくい表現をするな。乳だよ、乳」
この場が下種な感じにならないように表現したというのに、副長がその努力を打ち砕いてしまった。
副長のいまの表現は、身も蓋もないことはいうまでもない。
それどころか、副長がいうとめっちゃエロい。
「なるほど」
榎本がつぶやいた。
野郎ばかりである。
おそらく、この場にいるほとんどが、『乳』を脳内で思い描いているだろう。
欲求不満な者もおおいはずだから。
「ってか、いまはそんな問題じゃないですよね?」
エロが暴走してしまっては、威厳もなにもあったもんじゃない。
本筋にもどそうとしてみた。
「わんこは怒り狂っています。かれらが『ちっちゃいガキ』、だなんていう究極の禁句をたたきつけたのですからね」
俊冬は、まるでパイ乙なんてエロ話がなかったかのようにつづける。
さすがは、わが道をゆく男である。
ってか、俊春はそこを気にするのか?
よほど背の低いことを気にしているんだ。
おれも、背のことはコンプレックスになっている。
だがしかし、俊春よりかはまだ高いし、致命的に低いというわけでもない。
まだマシだ。
が、俊春はちがう。子どもらにも抜かされてしまったし、致命的に低いといえるかもしれない。
それこそ、ヤバしである。
って、俊春と視線があってしまった。
にらまれるかと思いきや、かれの瞳がうるうるしはじめた。
うおっ……。
かれをイジメてる感がぱねぇ。
それ以上に、かれは父親がわりの相棒、つまりお父さん犬をこの場に召喚するかもしれない。
そうなったら、ヤバしはおれのほうだ。
「ぽち、ごめ……」
「駆逐してやる」
「はい?」
かれは、指先で涙をぬぐった。それから、謝罪しようとしたおれをにらみつけたままつぶやいた。
「巨人は、この世から駆逐してやる」
いや、ちょっとまてよ。
駆逐?
それは、もしかしてあの漫画か?巨人がでてきて戦う、アニメ化はもちろん実写化もされたあの漫画のことなのか?
だとすれば、俊春。フランス人たちもおれも、きみの母親をきみの眼前で喰ったことはないぞ。
それに、おれたちはそこまででかくないぞ。
って結局、またしても漫画のパクリってわけか?
ああ、くそっ!
俊春のせいで、「進撃○巨人」のつづきまで気になってきた。
現代よりこの時代のほうが、おれにとってはよほど性にあっている。だから、めっちゃ居心地がいい。
よい仲間に恵まれた。それ以上に、すばらしくてやさしくて超絶理解のある上司のなかの上司たる副長の側にいられることが、しあわせ以外のなにものでもない。
しかも、いまは伊庭もいっしょである。いや、ちがう。尊敬する伊庭のそばで、さまざまなことを学ぶことができる。
歴史上の有名人にもいっぱい会えたし、いろんな経験もできた。
悲しくてつらすぎる経験もあったけど、おれにとってはそのどれもが貴重でためになる経験ばかりである。
だがしかし、そんなすばらしい環境下であっても、漫画のつづきみたさにはかなわないかもしれない。
ぜったいにつづきをみたい漫画のなかには、もしかすると完結したものもあるかもしれない。
だめだ……。
おれよ、漫画のことは忘れろ。みたいと思うからみたい熱に火がついてしまうんだ。
そうだ。つづきは、自分でかんがえればいい。自分で創作するんだ。自分が納得いくようなラストにすればいい。
「ぼくは、『人類最強○男』だ」
おれが漫画熱をさまそうとしている傍らで、俊春はまだ「進撃○巨人」ごっこをつづけている。しかも、『リヴ○イ兵長』役に徹しているようだ。
納得の配役だ。ってか、マジ適役じゃないか。まんまだ、まんま。これ以上の適役はないっていいきれる。
かれだったら、あっという間に巨人を駆逐してしまえる。だから、単行本一冊分のストーリーも必要ない。
それこそ、冒頭の衝撃的なシーンではじまったかと思うと、つぎの回にはすべての決着がついている。
伏線をはる暇もない。
俊春なら、そんな勢いでストーリーを完結してしまうだろう。




