そんな言葉教えたらあかんやろ?
「そんな。イケメンは、なんの面白みもありませんよ。やはりここは、おもろい表情をつくらないと」
「きみ、マジでポジティブすぎないか?それに、きみの素顔でフランス人たちを笑わせたところで、ますます馬鹿にされるだけだよ」
「うるさいよ、たま。なら、どうするんだ?刀で?それとも銃で?」
「どちらでも。ほら、フランス軍士官はサーベルを携帯しているからね。どちらでもOKだと思うよ」
俊冬の言葉で、士官たちの腰をみた。
じゃっかん反り返っていて細身の刀身のフランス式のサーベルが、ぶら下がっている。
そういえば、大鳥やかれの片腕の本多も同様のサーベルを帯びていることを思いだした。
もっとも、大鳥や本多のサーベルは飾りであるらしい。実際は太刀も所持していて、いざというときはついつい太刀に頼ってしまうという。
しかし、サーベルってどんな攻撃をしてくるんだ?フェンシングみたいなの?それとも、フツーに振りまわすんだろうか。
ってか、なにゆえおれがフランス軍士官にヤキをいれなきゃならないんだ?
ってか、あっちのなかにはムダにでかい士官が幾人かいる。
ヤキをいれられるのは、どうかんがえたっておれじゃないのか?
銃にしろサーベルにしろ、勝てる気が全然しない。
「せっかくきみがヒーローになるチャンスだったのに」
俊冬が懐をおびやかし、相貌をのぞきこんでいた。
「これは、漫画やドラマじゃないんだ。ヒーロー気取りでいい恰好をして、してやられるのがおれなんてこと、あるあるだろう?」
「じゃあ、きみの得意なお笑い路線でいけばいいじゃないか。やられまくるのを笑いにかえる。これはだれにもできない、きみだけのオリジナルだろう?」
「フランス人に関西人のノリが通用するとは思えない。それに、新撰組だけなら兎も角、これだけの人数すべてから笑いをとるのは困難だ」
「残念だよ。じゃあ、おれがやっちゃおうっと」
「どうぞどうぞ。煮るなり焼くなりやっちゃってください」
「にゃんこ、ぼくがやる」
俊春がちかづいてきた。
いつになく、険しい表情をしている。
「わんこ。これは任務じゃない、お遊びのようなものだ。ムリをしなくても……」
「ムリなんかしていない。していないよ。大丈夫だから。できるよ」
どうもいつもと様子がちがうようだ。謎めいた二人の会話に、副長と視線をかわしてしまった。
「わかった。副長、わんこがやります」
俊冬は俊春に一つうなずいた。それから、副長に体ごと向く。
「明日、出撃できなくなるのも兵力的に痛い。怪我をさせぬように頼む」
「承知」
俊春は、険しい表情のままうなずいた。
それから、士官たちにフランス語でなにかいいはじめた。
俊春が外人っぽくおおげさなジェスチャーをまじえてなにかいいおわると、フランス軍の士官たちは大笑いをはじめた。
この場合、俊春がおもろいネタで笑いをとったわけではない。
話の内容はわからないが、フランス軍士官たちの笑い方は、なんとなく俊春を馬鹿にしているといった感じがする。
その笑いを受け、俊春は華奢な肩をすくめた。かっこかわいい相貌には、相手を小馬鹿にしているような笑みが浮かんでいる。
「たま、どうなっている?」
副長が尋ねると、俊冬もまた肩をすくめた。
「今井をどういおうがかまわないが、ここにいるほとんどが誠の武士だ。それを馬鹿にするのは許されることではない。武士は、どの国のどんな将兵よりも勇敢だ。さらには、強い。きみたちの態度は、そんな武士の矜持を踏みつけにした。このままでは、この場にいる誠の武士はきみたちを許さない。だから、この場でどちらが勇敢で強いかはっきりさせよう、ともちかけました」
俊冬が説明中に、伊庭がそっとちかづいてきた。
視線があうと、かれは無言でうなずいた。
心配をしてくれている。
やっぱいい男だ。
そっと周囲をうかがうと、会場内の将兵がこの周囲にあつまってきている。みな、なにごとかと注目すると同時に、こそこそと情報のやりとりをしている。
「でっ、連中はなんと申している?まっあの笑いかただと、だいたいの想像はつくがな」
副長のいうとおりである。
「ご想像のとおりです。かれらは、わんこをみて『ちっちゃいガキが?ガキにつとまるくらいだから、サムライもたいしたことはない。ガキを相手にし、ケガをさせるわけにはいかない。ガキはガキらしく、母親のもとにかえっておっぱいでものんでいろ』、といっています」
「ワオ!パイ乙?パイ乙をのむってグッド・アイデアだな」
「だまっていろ、利三郎。おまえの趣味といっしょにするな」
野村がボケっていうか趣味を叫ぶものだから、ソッコーでツッコんでしまった。
ってかおまえ、そんな趣味があるのか?
それに、パイ乙って?
いったいだれが、そんな俗っぽい言葉を野村におしえたんだ?
って、どうかんがえてもこの手の単語をおしえるのは、俊冬しかいないだろう?




