いいボスと変顔の部下
「愛想笑い?毛唐のかんがえておることなどわかるかっ!毛唐の信仰しておる神も気に入らぬ」
なんてこった。かれは、いまのところはキリスト教が大嫌いみたいだ。
そりゃあ、隣人を愛せるわけがないよな。
「神や仏は関係あるまい?それに、信仰は自由だ。伴天連の教えもいいものだぞ。なんなら、教義を語りきかせようか?きっと興味を抱くはずだ」
俊冬は、そういって笑った。
俊冬は、今井の将来のために提案しながら、自分でも面白い思いつきだと思ったにちがいない。
「それは兎も角、謝罪すべきがどちらかは、問うまでもない」
そして、俊冬は表情をあらため、結論をくだした。
「断る」
「おいおい、下種野郎。貴様に選択肢はないのだぞ。貴様が土下座して謝罪せねば、この場はおさまらぬ。そうなれば、明日からの海戦でかれらと連携がとれずに負けるやもしれぬ。貴様、その責を負えるのか?」
この会場にいる全員が、いまや俊冬の言葉に耳をかたむけている。
フランス軍の士官たちには、俊春がトランスレイトしている。
「しらぬ。わたしは武士だ。貴様らのような武士気取りででかい面をする恥知らずではない」
今井の逆ギレがつづく。
しかも、俊冬とは視線を合わせようとはせず、副長に嫌味をぶちかますというへたれぶりである。
虚勢をはるというのも、なかなか大変なことである。
今井は、副長とフランス軍士官たちにガンをたれるなり、踵を返して立ち去ってしまった。
「かまわぬ。ほうっておけ。相手にするだけときの無駄というものだ」
俊冬が目線で副長に指示を求めると、寛大な副長が隣人愛っぷりを発揮した。
だが、面白くないのはフランス軍士官たちも同様である。口々になにかいいはじめた。ブリュネがなだめるも、ますますヒートアップしてゆく。
「なんといっている?」
「いまのやつに腹をきらせろ、と。それがサムライだろう、と」
副長の問いに、俊冬が応じた。
いまもむかしも、異国人の間でハラキリは有名らしい。
「すまぬ。どうかこの場はおさえてくれぬだろうか」
そのとき、古屋が頭をさげて謝罪した。
止める間もなかった。
つまり、部下の不手際の尻拭いをしたわけである。
なんていいボスなんだ……。どっかのイケメンボスとは天と地ほどちがう。
古屋にたいして感動した瞬間、イケメンボスににらまれた。
俊冬がすぐにトランスレイトし、さらに説得を試みるも、士官たちのヒートアップぶりはおさまりそうにない。
「この連中も、しょせん今井と目糞鼻糞のようです。ただの暇つぶしみたいなものです。面白いことを望んでいるだけのようです」
俊冬は、相貌を左右に振りながら古屋にちかづき、その両肩に掌をおいて頭をあげさせた。
「よもや今井のことはどうでもよくなっています。かれらはわれわれのことを馬鹿にし、蔑んでいます。常日頃からそう思っているからです。明日の出陣も、かれらにとっては戦というよりかは暇つぶし、つまり物見遊山というわけです。きっかけは今井ですが、この際、どちらが上であるのか、しらしめておいたほうがいいかと」
声量をかぎりなく落とし、俊冬が副長や榎本らに説明した。
「仏蘭西軍とわれわれのどちらが強いか、さらには根性があるかを、力でもってわからせるというわけだな」
さすがは副長である。こういうバイオレンス的な案件は、すぐにのっかってくる。
俊冬は、無言でうなずいた。
「将兵には、今宵の宴に花を添えるため、とすればいいかと」
「たま、面白いじゃないか。だったら、おれか?」
「副長。副長がやったら、チート野郎ってことがバレるだけですよ。せっかく人気急上昇中、いいねが増加中なのに、大炎上してしまいます」
思わずツッコんでしまった。
「主計、この野郎っ!わけのわからぬことをほざくんじゃない」
また叱られた。
「では、宣戦布告とまいりましょうか」
俊冬の副長似のイケメンに、不敵な笑みが浮かんだ。
「主計、きみがやるかい?」
「すごい、主計さん。あんなにおっきい異人さんを相手にするって勇気があるよね?」
「主計さん、がんばって。応援するよ」
子どもらがムダに声援を送ってきた。
「じゃんけんとかにらめっことか?じゃんけんはだめだな。ここぞというとき、ぜったいに負けてしまう。なら、にらめっこだ。変顔結構得意だし」
「あー、ヘンガオってなにかな?」
「島田先生、変な表情をすることです」
「ならば、いちいち表情をつくるまでもなかろう?」
「勘吾さんの申すとおり。そのままでいけるではないか」
おれが島田に変顔について教えてやると、ソッコーで蟻通と尾関がいってきた。
ちなみに、尾関もめっちゃイケメンである。新撰組の旗役として、先頭を任されるくらいのイケメンなのだ。




