玉砕!
「斎藤先生、なにか秘策はないのですか?」
北村はすでに草履をぬぎ、木刀を左脇に抱えて試合場の中央へとむかっている。
その北村のまったく隙も無駄もない所作をみつつ、斎藤に泣きついてみる。
「んんっ?」
斎藤はおなじように北村の所作を眺め、おれと視線をあわせてから爽やかすぎる笑顔を相貌にひろげる。
「秘策?わたしは、北村殿の剣をみたことがない。秘策などあろうものか?」
「しかし、会津藩士からきかれたのでしょう?」
くいさがる。
なぜなら、斎藤はしっているはずだから。
せめて、みっともない負け方だけはしないだけの策は授けてほしい。
「はははっ!、わたしがしっているのは、いま申したことのみ。主計、残念だが、おぬし自身でみつけるしかあるまい」
はははっ!って、そんなに爽やかに笑わなくても・・・。
「ならば、永倉先生はいかがです?神道無念流を破る秘策を授けてくださいよ。さかも・・・、いえ、才谷さん、あなたは北辰一刀流だ・・・」
「おいおい、なにゆえ、おれが自身で自身の流派の弱点を申さねばならぬ?なあ、才谷さんよ?北辰もおなじであろう?」
永倉は、自身の顎を二本の指でさすりがら坂本をみあげ、問う。
「永倉さんのゆう通りやき。たいてえ、それをしったげに、かれがそれを遣うとはかぎりやーせん。ここは、二、三合うちあい、そこからよきいくしかぇいろーう」
坂本もまた、にべもなくいう。
いや、わかっている。三人のいうところが正論であることを。
だが、三人だから、人並み以上の腕をもっているからこそいえるのだ。
凡人のおれには、なんの策もないまま臨むのは、大軍に戦いを挑む寡兵のようなものだ。あるいは、象にむかってゆく蟻であろうか?
「主計っ!」
突然、副長がおれを呼ぶ。
おおっ!まさかあの副長が秘策を?
よもや多少奇想天外であっても、あるいは禁忌であっても不作法であっても、なにもできぬまま負けるよりかはよほどいいかも。
期待に胸を膨らませつつ、勢いよく相貌を副長に向ける。
「当たって砕けろ、というのはあるのか?」
「はあ・・・?」
間の抜けた声を、だしてしまったに違いない。
「いっそ、体躯ごとぶち当たっちまえ。当たって砕けろ、だ。しってるか、この言の葉?」
坂本の手前言葉を選んでいるが、おれのもといた時代に「当たって砕けろ」という言葉があるかどうかを、そして、おれがそれをしっているかをききたいらしい。
「それはいい。主計、歳のいったことは理心流の根本だ。さあっ、いってきたまえ。そして、砕け散ってきたまえ」
局長である。
ありがたいお言葉だ。
いや、ありがたいのか?玉砕しろ、と?文字通り、北村に体当たりしろ、と?
唖然としたまま周囲をみまわす。
副長をはじめ、みな、肩を震わせ笑っている。井上や山崎まで・・・。
永倉、原田、そして坂本にいたっては、笑いすぎて両膝の力が抜けてしまったか、しゃがみこんでいる。
ひととおりみまわした後、ふたたび局長をみる。
局長のごつい相貌は、いつになく真剣である。
「副将、はやくまえへ!」
しびれをきらしたらしい審判の怒鳴り声が、現実へとひきもどす。
なるほど、玉砕、ね。
あきらめた。そして、覚悟を決める。
草履を脱ぐと土を踏みしめ、北村のまつ試合場へと歩をすすめる。
砂利が足の裏に突き刺さり、とっても痛い・・・。




