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沖田と伊庭と副長と

「八郎、どうした?」


 やってきたのは、あの伊庭八郎である。


「歳さん、お願いがあるのです。わたしも加えてください」


 副長の部屋は、熊の襲撃にあうまでの部屋よりもグレードアップしている。


 外部からやってくるVIPを招くための部屋が二つある。

 副長は、その部屋の一つをいただいたのである。


 現在の副長の部屋は、榎本の執務室より広くて豪華である。


「加える?ああ、明日の宮古湾への出撃にか?」


 副長は、執務机の向こうできれいな掌をあげ長椅子を示した。

 伊庭に『座れ』、という合図を送ったのである。


 伊庭は一つうなずいてから座ろうとした。


「八郎君、ぜひここに座ってあげてくれ」


 その瞬間、おれの隣の俊冬が立ち上がって席を譲ろうとした。


 なんて気のきいた、いや、いらんことをするんだ?


「ええ、ありがとう」


 伊庭はさして気にするでもなく、おれの横に腰をおろした。


 室内のニヤニヤ感がぱねぇ。


 俊冬はどこにも座らず、副長の執務机までいってその横に立った。


「遊撃隊は、蟠竜に乗船するんだろうが。加えるもなにもなかろう?本来は、新撰組うちと組むんだったよな」


 本来なら、新撰組は遊撃隊や彰義隊の選抜メンバーとともに蟠竜に乗船する予定だった。が、実際に甲鉄に攻撃を仕掛ける回天に乗船する彰義隊のメンバーのなかに、野村とともに死ぬ予定の者がいる。その者たちを救うため、彰義隊のメンバー全員を蟠竜に乗船させることにした。それについて、副長は当初しぶっていた。彰義隊もまた、新撰組を見下している。副長がなにかいえば反発してくると予想したからである。が、榎本を通じて打診してもらったら、即座にOKをだしてきた。ゆえに彰義隊のかわりに新撰組が、具体的には新撰組の幹部が回天に乗船できることになった。


「わたしは外されたのです。人見さんが、『八郎はおかに残って力を温存しておけ』とおっしゃるのです。どうやら、人見さんは甲鉄奪還作戦は失敗におわると踏んでいるようです。遊撃隊うちの隊士を乗せるのも、渋っていました」

「まぁ奪還できるって前向きにかんがえているのは、仏蘭西軍の兵隊さんと榎本さんくらいだがな。でっ?おまえは人見さんのめいを無視してまで、なにゆえいきたがる?」

「無論、利三郎君が死ぬところをみたいからです」


 きっぱりはっきりすっきり答えた伊庭を、全員が呆気にとられたような表情かおでみた。


「というのは冗談です。利三郎君の影武者になる、ぽちのお手並みを拝見したいのです」


 伊庭まで俊春をぽちと呼ぶところがフレンドリーすぎてうらやま、いや、草すぎる。


「それに、やはり歳さんたちといっしょにいたほうが面白い。すごいものをみることができますし、経験ができます」

 

 室内は静まり返っている。


 伊庭は、もしかして超絶ストイックな性格だったのか?


『面白くてすごいものをみることができて、経験もできる』


 たしかに、それは間違いない。百パーセントどころか千パーセント確実にできる。しかも、永久保証をつけてもいい。


「あ、ああ。まあ、な。それはまず間違いない。十二分に堪能できるだろうよ。新撰組うちの古くからいる隊士たちは、堪能しすぎていまではそれをフツーに思っている。なぁ、ぽちたま?」


 副長は、洋風の豪華な椅子の背に背中をあずけた。


 まるで異世界物にでてくる、イケメン貴族みたいである。


 副長の苦笑まじりの問いに、隣に控える俊冬とおれの横に座っている俊春が同時に不敵な笑みを浮かべた。


「わたしは、ここ数日間風邪をこじらせます。高熱で寝込むことにします。新撰組の一員として加えてください。ねっいいでしょう、歳さん?」


 伊庭は、副長にとろけるような笑顔でねだった。


「くそっ!八郎、総司から入れ知恵されただろう?」


 沖田総司おきたそうじは、近藤局長と副長にとって弟以上の存在である。伊庭も、沖田とは流派をこえたつながりがあったらしい。


 つながりがあったというのは、当然そういう関係ではない。


「大昔に、ですけどね。総司君がいっていました。歳さんを落とすには、甘えまくればいいとね」


 伊庭がしれっと白状した。


 そうか。そのか。


 なら、おれも……。


「馬鹿たれ。野郎ひとによるんだよ。おれは、もともと八郎や総司に弱い。そして、こいつらはおれをうまくおだてたりすかしたりする要領を心得ている。だがな、主計。おまえはちがう。いくら甘えられても、響かねぇ。それどころか、不愉快なだけだ」


 おれのだだもれの思考に、副長がソッコーでダメだししてきた。


「ひ、ひどい。ひどすぎます」


 泣きべそをかくと、室内に笑い声が満ちた。


「八郎。わかった、わかったよ。だが、人見さんにごまかしはきかぬ。おまえを添え役の一人として同道させたいと人見さんに申しでる。それでいいな?」

「やったあ!歳さん、恩にきます」


 うれしそうな伊庭をみることができて、おれもうれしい。


「おくれてしまって、アイム・ソーリー」


 そのとき、ドアが思いっきり音たかくひらいた。


 いまごろあらわれたのは、今回の海戦の主役である野村である。


 誠に呑気なものだ。


 それにしても、野村はいったいなにをたくらんでいるのだろう。


 そこのところが不可思議であるが、どうせチートっぽいことをたくらんでいるにちがいない。


 おれだけでなく、その場にいる全員が同様に胡散臭く感じている。


 全員が、遅刻のいいわけをちんたら連ねる野村をみつめていた。

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