表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1066/1254

あの漫画を参考に

 俊春にたいして、『ちっちゃい』は禁句である。

 

 大鳥がいった『プティ』とは、『ちいさい』という意味である。


 俊春は、それに反応しているのだ。


 それよりも、『子』?


 大鳥にとって俊春はお子ちゃまってこと?


 年少者はすべて『子』呼ばわりする人はたしかにいる。

 もしかすると大鳥もその類の人で、まったく悪気はないのかもしれない。


 かれは、副長にたいする態度をみてもじつにフレンドリーすぎる。


「超ウケる」


 俊冬がそっとささやいた。


 たしかに、草すぎる。


 が、『ちっちゃい子』呼ばわりされた俊春にとっては、笑い事ではなく侮辱レベルだろう。


「まぁ、興奮するのは勝手だがな。仕方がない。部屋だけですませるのが一番無難じゃねぇか?なあ、土方君?」

「榎本さん、あんたまでなにをいいだすんだ。だったら、おれはこのあとどうすればいい?」

「おれの部屋にくればいい。ともに書類仕事ができるじゃねぇか。どんなことでもすぐに話ができるしな。それから、たがいをしることができるってことも魅力的だ」

「あ、ずるいな。だったら、ぼくの部屋でもいいよ。ぼくの部屋も、わりとひろいし」

「はああああああ?」


 榎本と大鳥にいじられ、真っ赤なって興奮する副長がざまぁ、いや、かわいすぎる。


 しかも、野次馬士官たちは「この三人、BL関係だったのか?」って表情かおでささやきあっている。


 副長のことがますますざまぁ、あっいや、気の毒になってしまう。


「くそっ!ぽち、室内にとどめろ。被害は最小限にな」

「承知」


 副長は、ふっきれたらしい。

 ってか、どーでもよくなったんだろう。


「なに?ぽちは、熊を殺るわけ?」


 腕組みをして様子をみまもっている俊冬にそっと尋ねてみた。


 というのも、以前、甲府に進撃した際に近藤局長や副長の故郷の日野に凱旋したことがあった。そのときに、俊春が熊を仕留めたことがあった。しかも、素手である。

 

 それは兎も角、かれは熊を仕留める際に躊躇したらしい。その躊躇が仇になり、かれは腕に怪我をしたのだ。


 心やさしいかれは、人間ひとはいうまでもなく動物を殺ることにも抵抗があるようだ。

 それがたとえ、喰うためであったとしてもである。


 そのかれが、いまここで熊を殺れるのか?


 さきほど俊冬に尋ねたのは、そのことがあったからである。


「きみ、「ゴールデ○・カムイ」をしってるよね?」

「ああ、よんでた。なにせ、副長と永倉先生がでてくるからね。それは別にしても、ああいうストーリーはイケてると思うよ。ってか、きみらアニオタか?めっちゃしってるじゃないか」

「だって、ジャパンをしるにはジャパニーズ・アニメやコミックだろう?」


 返す言葉もない。そのとおりだからだ。


「あの世界観だよ。穴持たず、アイヌ語でマタカリプの熊は凶暴だ。アイヌの人たちも狙っている。このまま見逃しても、おそかれはやかれアイヌの人たちに仕留められる。熊送り(イオマンテ)ではないけれど、ここで仕留めた方が熊にとっても人間ひとにとってもいいかもしれない」


 俊冬は、そういいつつ両肩をすくめた。


 俊春ほどではないが、俊冬もまたどんなものにせよなにかの生命いのちを断つことに抵抗があるのだ。


 かれらは、これまでさまざまな事情はあれどおおくの生命いのちを奪ってきた。だからこそ、だれよりもその尊さや大切さをしっている。


 そんなことをかんがえつつ、俊春をじっとみつめた。


 かれはまず、相棒になにかいった。すると、相棒は四肢を踏ん張り低くうなりはじめた。


 その地をはうようなうなり声は、ひさしぶりにきく。


 容疑者などが暴行におよぶ際、威嚇することがある。そんなときのうなり声は、うなられる側にすればいまにも飛びかかられそうな不気味さと怖ろしさがある。それだけではない。うなり声には、牙で八つ裂きにされてしまいそうな凶暴さもふくまれている。


 たとえ拳銃チャカや刃物といった武器をもっていようと、恐怖を抱いてしまう。

 

 相棒のうなり声(それ)は、そんな怖ろしいものである。


 俊春は、ずぶ濡れの軍服から水をしたたらせつつ、ゆっくりと部屋のうちへと歩をすすめた。


『ガタッ!』


 部屋のなかからおおきな音がした。


 おそらく、長椅子かテーブルかがどうにかなってしまったのだろう。


 その音以降は、静けさがもどってきた。

 副長の部屋から、なんの音もきこえてこない。


 時間にすれば、おそらく数分であろう。二、三分くらいかもしれない。


 相棒がうなるのをやめ、体勢をフツーにもどした。と同時に、部屋のなかから俊春がでてきた。


 かれは、部屋のなかに一瞥くれた。それから、こちらにあるいてきた。

 当然、相棒はその左脚許にくっついている。


 ちかづいてくるかれが、右の掌になにかもっていることに気がついた。


「仕留めたのかね?」


 大鳥が尋ねた。能天気なかれも、緊張している。


 いや、大鳥だけではない。おれもふくめた全員の間に緊張がはちきれんばかりに満ちている。


 俊春のかっこかわいい相貌かおに、緊張しているというか切羽詰まっているというか、兎に角、こちらを緊張させるだけのなにかが浮かんでいるからである。

 それから、ちっちゃなってこれは禁句か、小柄な体全体から、尋常でない雰囲気を漂わせている。


 そのとき、おれの横で俊冬が息を呑んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ