兼定兄さんと捨て犬ぽち
「あ・・・・・・」
そのとき、腰に「之定」だけでなく拳銃もぶら下げていることを思いだした。
「之定」で斬りつけることはむずかしいかもしれないが、拳銃なら、至近距離だったら眉間に数発撃ち込めばどうにかなったかもしれない。おれの一丁では無理でも、副長と同時に撃てば、さらに効果はあったかも。
人間、テンパったらろくなことはない。
「熊は、おれの部屋にいる」
「土方君、なにをやってる?」
そのときまただれかがあらわれた。ぞろぞろと将官たちがちかづいてくる先頭に、榎本がいる。
「なんでもいいだろうが。熊が攻めてきたってだけだ」
ここで一番偉い人に、ぶっきらぼうに応じる副長は、反骨精神が旺盛だ。
「ぽちたま兼定、はやいとこなんとかしてくれ。おれは、つかれきっちまった」
副長は、ひかえめにいってもぐったりしている。
そりゃあ、あれだけ怖がったり悲鳴をあげたりしたらつかれもするよな。
「へー、熊が土方君の部屋にな」
大鳥が説明すると、榎本もふくめた将官たちは、物珍しさも手伝い、しきりに感心している。
ほんと、他人事である。
ってか、それが自分の部屋だったら、おれたちみたいに「きゃーきゃー」怯えるにきまっている。
「兼定……」
俊冬がいいかけると、相棒がぎろりとかれをにらみあげた。
「……兄さん」
ひかえめにつけたす。
「最近、厳しいんだ。自分が一番年長だからね。ぼくらが「態度でか」ってわけだ」
俊春が小声でおしえてくれた。
「熊を追いだしてくれないかな?」
めっちゃ下手にでているのが草すぎる。
ふふん。ざまぁってやつだ。
もっとも、おれのほうがさらに下にみられているが。
「猟犬じゃない?」
さらに俊冬のつぶやき。
「猟犬じゃなく、警察犬ってことは承知しているけど……。そういう問題かな?いいよもう。じゃあ、わんこ。おまえがやれ」
どうやら、三人の序列は、一番が相棒、二番が俊冬、三番が俊春らしい。
「はあ?ぼくだって猟犬じゃな……」
俊春は反論しかけたが、すぐに華奢な両肩ががっくり落ちた。
「猟犬みたいなものだよね。傲慢なにゃんこにつかわれているんだから」
「なんだと、泣き虫わんこ」
「だってそうだろう?立場の弱いものばかりいじめて。ねぇ、主計?」
「ちょっ……、なんでそこ、おれにふるんだよ。やめてくれよ」
超絶デンジャラスな喧嘩に巻き込まないでいただきたい。
「ぐすん。こんなことなら、段ボール箱に入れられて、城の門前にでも捨てられたいよ」
俊春は、両肩を落としたままとぼとぼあるきはじめた。もちろん、副長の部屋に向かって。
『なまえはぽちです。かわいがってやってください』
段ボール箱にマジックで書かれたつたない文字。
降りしきる雨に、段ボール箱もそのなかにちょこんと座っているぽちも、ずぶ濡れになっている。
通りがかった小学生たちが、給食の残りのパンやお小遣いを集めてコンビニで買ってきた牛乳をやったりする。
雨に濡れた段ボール箱とミルクのにおい……。
いまだにそのにおいが、記憶に残っている。
そう。小学校のとき、こうして捨てられた犬や猫を保護し、公園に隠して世話をしたのである。
もしかすると、桑名少将が拾ってくれるかもしれない。
桑名少将と実兄である会津侯は、餓鬼の時分から拾ってきては周囲を驚かせていたらしいから。
それは兎も角、段ボールにいれられ捨てられて、雨のなか、「クンクン」鳴いている俊春を想像すると、きゅんときてしまう。
ぜったいに、年上女性はほっとかないだろう。それをいうなら、タメや年下だって。
すぐに抱き上げ、抱きしめて自宅におもちかえりされること間違いなし。
うらやましく、もとい、しあわせになれるかも、だ。
「きみが捨てられたら、どうなるだろうね」
俊春の「捨てられたぽち」の将来に安堵した瞬間、俊冬が尋ねてきた。
「そりゃあ、通りすがりの女性たちに引く手あまた……」
「やんちゃな小学生に石を投げられるとか、下手をすればヤンキーの親父狩りのターゲットにされるかも」
「はあ?なんでそうなるんだよ。だいたい、親父って年齢じゃないし」
親父よ。ちゃんとこのふたりを教育してくれたのか?なんでこんなに性格悪いんだ?
「ミスター・ソウマは関係ない。これは、ひとえに副長の遺伝子のせいだ」
しれっと応じる俊冬が憎らしすぎる。




