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おれってば気が弱いから……

 窓ガラスをとおしても、大粒の雨が狂ったように落ちてきているのがみえる。しかも風がすごいので、窓ガラスにななめ状態でぶちあたっている。


「ぽちたまはこの悪天候をものともせず、超絶ストイックな鍛錬でもするつもりなんでしょうね」


 想像に難くない。


 俊冬と俊春は、軍議がはじまるまでずっと銃の改造をしていた。


 箱館を訪れている日本人や異国の商人から銃器類の部品を調達し、改良に改良を重ねているのだ。しかも照準器、つまり簡単なスコープまでつくってしまった。


 同時に、クロスボウまで入手したらしい。それにスコープをつけてつかうこともできるそうだ。


 あの二人は、いろんな意味ですごすぎる。


「ストイック?」

「どんな欲求にも左右されず、自分がこうと決めたらひたすら精進することです」

「それはまさしく、だな。ぽちの傷がまた増えている。やめろと申してもきく耳もたずだ。おまえを護るどころか、鍛錬死しかねぬほどの勢いだな」


 副長のいうとおりである。


 蝦夷へ向かうまでの太江丸でもそうだった。


 夜、艦上から褌一丁でダイブし、船体の様子を探ってからふねを掌だけでよじ登ってきたのである。


 ってか、すでに艦上からダイブするというだけでヤバすぎる。


 以前から傷だらけになるほどの激しい鍛錬を繰り返していた。まぁそれは、俊春自身がきこえぬ耳と片方のみえぬをカバーするためもあったのであるが、どんな理由であれ尋常ではない。


 まさしく、「ドラゴ○ボール」の『孫○空《そん○くう》』である。


 俊春なら、地球の一つや二つ軽く消し去るかもしれない。


「主計、おまえの親父さんだがな」


 副長は机の上に両肘をおいて指をからませ、その上に形のいい顎をのせた。


 こうしてみてみると、あらためてイケメンだと実感する。


「親父ですか?」

「よほどのおとこなのだとつくづく感じるよ。それに、かっちゃんにどこか似ているんじゃないか?」

「近藤局長に?」


 そういわれてみれば、まっすぐなところや真面目なところは似ていなくもない。


 だが、おれのなかでは近藤局長と親父は別物だ。もちろん、どちらがいいとか悪いとかではない。


 もしも親父が近藤局長だったとしたら、自分の頸を斬るよう俊冬と俊春に頼んだだろうか。


 ふとそんなことをかんがえてしまい、ぞっとした。


 近藤局長とまったくおなじ状況であれば、親父なら頼んだかもしれない。

 そういう推測にいたったことについて、さらにぞっとしてしまった。


「そういえば、二人からきいたことがあります。暗示をかけることのできない人がいる、と。副長はかけにくいそうなんですが、近藤局長はかけることができない、と。親父も同様だそうです。親父は兎も角、近藤局長が暗示にかかりやすい人だったら……」

「主計、やめておけ。たとえかっちゃんが暗示にかかったとしても、あいつらは死にたがっている者を無理矢理生きのびさせるようなことはしない」


 副長は、キッパリいいきった。


 どきっとした。

 もしかして、副長は自分のことをなぞらえているのか?


 だめだ。いまの副長の言葉にうかつに反応してしまえば、まずいことになるかもしれない。


 以前とちがい、そのときが目前にまで迫っている。


「副長、ご自身のことをおっしゃっているんですか?おれはそうは思いません。二人は本人の意志とは関係なく、必ずや生き延びさせますよ。ぽちたまが、汁粉屋で八郎さんと蟻通先生にそういってたでしょう?」


 な、なにをいいだすんだ、おれ?


 うかつにのってはだめだって思っている矢先に、核心的なことをぶん投げてしまったじゃないか。


「なんだと?」


 イケメンの表情かおが、剣術などと無縁のようなきれいな指の上でくもった。


 そのときである。副長の向こう、つまり窓のところに、なにかが動いたような気がした。


 陽はとっぷりと暮れ、窓の向こう側は真っ暗闇である。それでも室内の灯火のお蔭で窓ガラスに雨粒がぶつかっているのがみえるし、室内がくっきりうつっているのもみてとれる。


 それから、おれの一部が副長ごしにうつっているのもみえる。


 いまのは、それらとはちがう。たしかに、なにかがいたような気がしたのである。


「あ、す、すみません。なんでもないです」


 おれは、気が弱い。

 

『副長、あなたは死にたいって思っているでしょう?この戦で生き残ろうって気はないんでしょう?』


 結局、ストレートにぶつければいいのに、それができないでいる。

 それどころか、遠まわしに問うこともできない。


 副長の真意をきくのが怖いからである。


 なのに、なにゆえさっきはあんなことをいってしまったのか?

 

 自分でもよくわからない。


 そのとき、窓の外にまたなにかがいたような気がした。


「どうした?」


 副長は、おれの視線が自分に向いていないことに気がついたらしい。


 なにせ、いっつも自分が注目されていないと気のすまない人だから。


「なんだと、この野郎」


 いまの心のなかのつぶやきは、さっきのおれの口からだした発言より副長の気を悪くさせたようだ。


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