KY
「しょうやき!驚きちゅう」
斎藤が、すずし気な表情で戻ってくる。
坂本が、その肩をおおきく分厚い掌でぱんぱんと叩きつつ、讃辞を送る。
「どうも・・・」
気恥ずかしげに応じる斎藤。
またしても、かれにたいする印象が違っている。それを、認めないわけにはゆかない。
おれの印象では、「ふんっ!当然だ。それをきやすく触れ、おおげさに囃し立てるな」と、冷静に応じるはずだ。
ほかのおおくの人が、webで得た知識による印象とおおきくちがわないのにたいし、斎藤だけがちがいすぎる、というのはどうなのであろう?
さすが、ミステリアスな部分のおおい男だけのことはある。
「さぁ、きみの番だ、主計?」
その斎藤が、おれの顔をのぞきこんでくる。
かれは、おれがはっとしたのをみ、にんまりと笑う。
「おねぇを相手にするよりかは、きみにとってはよほどいいであろう?」
斎藤の口からでた「おねぇ」に、だれもが驚いたにちがいない。
もちろん、おねぇの意味をしっている者にかんしては、斎藤らしからぬ言だと思ったであろうし、意味をしらぬ者にかんしては、おねぇとはなんぞや?と驚いたであろう。
「かようなことを申し、きみの力になれるのか、あるいは、いらぬお世話かはわからぬが、伝えておきたいのだ」
斎藤は、そこで言をきる。
だれもが注目している。
斎藤はいったい、おれになにをいうつもりなのであろう・・・?
期待に満ちた瞳、瞳、瞳・・・。
「北村と申したはずだ、主計の相手は・・・。以前、会津藩士からきいたことがある」
斎藤は、おれの相貌をとおりこし、試合場の向こう側にいるその北村とやらをみている。
「もともとは、ほかの藩士同様、溝口一刀流を学び、皆伝という腕前だ。江戸詰めの際、江戸の三大道場の門をかたっぱしから叩きまくり、学んだそうだ」
「そいつは、奇特やき・・・」
坂本は、両の瞳を寄せ、まえのめりになって試合場の向こう側を眺めている。
が、すぐに諦めたようだ。近眼では、よくみえぬのであろう。
「そのどの流派も、皆伝にちかいだけの技量はあるらしい・・・。佐川殿でさえ、三度立ち合って一度とれるか、だそうだ」
さすが、会津の間者だけはある。よくご存知だ。
いや、この際、そんなことはどうだっていい。
問題は、おれの対戦相手がさまざまな流派に精通し、尋常でない腕前だってこと・・・。
そうだ、大将と交代してもらえば・・・。
愕然とする。大将と交代してもらっても、相手の技量がおれより劣るわけではない。
そう、けっしてない・・・。
「なぁ歳、おねぇとはいったいなんだ?うまいものか?」
「ああ、あしもしりたいやか・・・」
戦うまえから、テンションもモチベーションもだだ下がりのおれの耳に、局長と坂本の無邪気な問いが飛び込んでくる。
あなた方は、KYだ!そう叫びそうになる。
この場合のKYとは、「危険予知」でもケンタッキー州のことでも、この京に、いや、京都に本社を置く大企業「京Oラ株式会社」の略でもない。
もちろん、「空気よめない」、である。