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だれが宮古湾へゆくか

 が、僧侶はマジな表情かおでささやいた。


「本日、われわれの神は休まれております。本日は、伴天連の神が見張る番。伴天連の神は許し給う」


 マジかよ。


 というわけで、かれらにも肉入りのたぬき汁と酒がふるまわれた。


 いいのかよ、法然?

 つい問いたくなってしまった。


 もっとも、このおれに僧の倫理を問う資格などないことはいうまでもない。


 美味いものに酒までくわわり、全員が夕餉を堪能した。


 後片づけもおわり、いよいよミーティングの開始である。


 とはいえ、出陣の概要を伝えて参加者を募るだけのごく単純な内容である。


「いきたい」

「そうだそうだ。新撰組わたしたちは、こういうときのためにいるのだ」

「いい働きをします」

「おまえに負けるか。わたしこそ、やってやりますよ」

「わたしもゆきたい」

「連れていってください」


 副長の説明がおわるかおわらぬかのうちから、隊士たちが騒ぎだした。

 そのほとんどが、元からいる隊士たちである。


「わたしたちもいきたいです」

「いつも残されるのです。此度は連れていってください」


 なんと、市村と田村までいきたがっている。


 副長は、これほどの反響を呼ぶとは思ってみなかったんだろう。ビミョーな表情かおでみんなをみまわしている。


 が、ある一点でそれがとまった。


「利三郎、おまえもゆくよな?」


 それは、野村である。

 かれは、にやにや笑いでヨユーぶっこいている。


 まるで第三者かのようなその態度に、副長のざまぁ精神が炸裂したようだ。


 副長は、野村がこの戦いで死ぬことをしっている。これまでの例なら、いの一番にはずすところだ。っていうか、ぜったいに選抜しない。


 しかし、である。


 野村は、これまでなんやかんやと戦場にでることを回避している。ぶっちゃけ、命令違反をおかしつづけている。


 いまも、自分は居残りになることがわかっているかのようにふるまっている。


 副長は、その態度が気に入らないのだ。


 ちなみに、「おまえ、死ぬぞ」と野村に告げた覚えはない。正直、たたきつけてやりたい。が、それはさすがに人間ひととしてどうよ?っていう道徳心がむくむくとわき起こってしまう。


 ゆえに、いまだに実行にうつせていない。


 真実をしるだれかが告げていなければ、野村は自分が死ぬことをしらぬはずである。


「いやいや、わたしはやめておきます。これだけ志願者がおおいのです。控えめなわたしは、よろこんで栄誉を譲りますよ」


 おいおい野村よ。どの面下げていっているんだ?


 いきたくないだけじゃないか。ものはいいようっていうが、とんでもないやつである。


 野村は、胡坐をかいている姿勢のままエラソーにふんぞり返っている。


「ほう。殊勝な心掛けだな、利三郎。だが、遠慮はいらん。おまえのために、ちゃんと枠は確保しているからな。おっと、最近入隊してくれた隊士たちにはまだ告げておらぬが、じつは主計と俊冬と俊春は、さきをみることのできる力があるんだ」


 副長が小声で告白すると、最近入隊したばかりの隊士たちの間からざわめきがおこった。


「まぁ予言というやつだな。それによると、利三郎は此度の海戦で死ぬことになっている」


 副長があまりにもさらっというものだから、だれもがよく理解できなかったにちがいない。


 もっとも、元からいる隊士たちは、事情をよくしっている。


 はっとして野村に注目した。


「利三郎さん、死んじゃうんだ」

「海戦で死ぬって、すごい」


 市村と田村は、ある意味すごすぎる。


 燭台の灯りのなか、をきらきらさせているのがよくわかる。


「そうだ。すごいことだ。ゆえに、きっちり栄誉をになってもらわねばな」


 ニヤリと笑う副長もすごい。


 副長のいまのこの態度は、野村が『俊冬と俊春が副長の隠し子』だというガセネタを拡散した仕返しにちがいない。


「そいつは面白そうだ。ならば、わたしも同道させてください」

「あ、わたしもいく」

「わたしも」

「わたしも」

「無論、わたしもです」

「馬たちのことは久吉と沢さんに任せて、わたしもまいります。見届けてやらねば」


 島田に蟻通、中島に尾関に尾形、なんとなんと馬以外に興味のない安富までいくという。


 ってか、幹部ばかりでいくというのか?


 野村が死ぬのを、どんだけ愉しみにしているんだって問いたい。


「なれば、わたしたちだってみたいですよ」

「そうだそうだ。利三郎の死を見届けてやることこそ、われらの務めだ」


 隊士たちまでみたいらしい。


「いやいや、まてまて。死ぬと確定しているわけではないらしい。厳密には、甲鉄号に斬りこみ、もどってこれなくなるそうだ。甲鉄号でどうなるかは、主計らにもよめぬというわけだ」

「つまり、利三郎を甲鉄号上に見捨てると?」

「そうだ」


 隊士のだれかの問いに、副長はきっぱりうなずいた。


 あまりにもきっぱりすぎて草すぎる。



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