悪臭にチーン!
兎にも角にも、ウニを生で喰ってみた。
う、うまい。さすがは天然蝦夷産。
まろやかでなめらかな舌ざわりだ。
なにもつけなくても、海水の塩っ気だけで充分うまい。
副長たちもうまいうまいといって喰っている。
それから、焼いたウニもこれまたデリシャスだ。
島田などは、凶暴化してしまうほどガチに喰っている。
さんざんみんなで喰った後、ふと気がついた。
「これって、もしかして密漁じゃね?」
ってことに。
海にいき、そこらへんにいるからって潜って勝手にとっていいというものではない。漁業権というものがあり、許可が必要な場合がある。
マツタケなども同様だ。山や松林を訪れて、にょきっとでているからといって勝手にとってはいけないのである。
「いいんじゃない。ここらへんは、いまは箱館政府がおさめている。だから、そこにある資源も箱館政府のものになるんじゃないかな」
なるほど。俊冬のへ理屈どおりかもしれない。
「おっと忘れていた」
副長が、砂浜の上にだらっとなっているヒトデを指さした。
「うわー、それも喰うんですか?」
「いや、これは喰わない」
市村の問いに、俊冬が応じた。
ちょうどそのとき、向こうからこのあたりの漁師だろう。アラフィフくらいの男性が二人、連れもってやってきた。
向こうにみえる漁船の様子でもみにいくのであろうか?
そういえば、右側の男性は蝦夷にきて上陸したときにみかけたことがある。
「太江丸」から陸に上がる際、艀がわりに漁船をかしてくれたはずだ。
漁船といっても、当然ながら手漕ぎのちいさい船である。おれたちは、そんな船でも徴収しなければならなかった。
そういうわけで、おれたちはこのあたりの人たちにとって超絶心証悪すぎなのである。
「こんにちは」
すこしでも愛想よくしておかねば、という思いで笑顔で挨拶してみた。
スルーされてもしょうがないよな、って覚悟をしつつ。
が、意外にもかれらは脚をとめてこちらを向き、ぺこりと頭を下げてくれた。
どうやら、かれらはヒトデやウニが目に入ったようだ。
みかけたことのある方の人が、どことなくびくびくしながらそれらを指さした。
「あのう……、それはどうされるおつもりでしょうか」
「ウニはもってかえって喰うつもりです。ヒトデ、もといタコノマクラでしたっけ?これらは、燃やすつもりです」
「おやめなさい」
ソッコーでダメだしされたので、驚いてしまった。
「そいつらにそんなことをすれば、とんでもないことになります。まだ生きているうちに、海に放り投げるほうがいい」
力いっぱいいわれてしまった。
副長をはじめ、全員が唖然として漁師さんをみつめている。
「も、申し訳ございません」
漁師さんは、はっと気がついたらしい。
二人そろってぺこぺこと頭を下げ、去ろうとした。
「悪いことはいいません。いまのうちに海にもどしたほうがいい」
が、さっき忠告してきた方の人が脚を止めずにこちらに相貌だけ向け、不吉な予言のように告げて脚ばやに去っていってしまった。
「どういう意味でしょう?」
副長に尋ねたが、副長は両肩をすくめただけである。仕方なしに島田や蟻通に視線を向けるも、同様に肩をすくめるだけでらちがあかない。
最後に俊冬と俊春、それから相棒をみた。
人類の叡智たちだったら、なんらかインスピレーションがわいているかもしれない。
ってか、いまの漁師さんの心のなかをよんだかもしれない。
三人は、そろって眉間に皺をよせている。
かすかに鼻を宙につきだしているだけで、こちらの視線をスルーされてしまった。
「さっさとやって、とっととかえろう。くそっ!寒くてたまらぬ」
副長は、漁師さんの忠告をとりあえずは無視することにしたようだ。
おれたちに、そう命じた。
子どもたちも含め、みんなで手分けして砂浜に散らばっているヒトデを拾っては篝火に投げ入れた。
ヒトデさんたち、ごめんなさい。生きたまま火刑に処すなんて、マジないですよね。
ほんとにごめんなさい。
ヒトデを篝火に放り投げるたび、謝罪した。
ところが、である。そんな残酷なことをする報いが、ソッコーやってきた。
「く、くっさー」
「なんだこのにおいは?」
「たまらぬ」
「なんなの、このにおい」
「鼻がもげそう」
突如、すさまじい臭気に襲われたのである。
それは、これまで嗅いだことのあるどんなにおいをも凌駕するテロ的臭気であった。
くさやとかドリアンとかが、お花の香りに思えるほどである。
全員死んだ。死んだようなものだ。
おれたちでこのような状態であったら、犬以上の嗅覚をもつ俊冬と俊春と相棒はさらに苦しいのでは?
かれらをみた。
が、いなかった。消え去っていた、
漁師さんの心をよんだ三人は、とっとととんずらしていたのである。
ヒトデの死骸そのものも最強の臭気らしいが、それを燃やすとさらに強烈な臭気を発するらしい。
これは、ヒトデを肥料なり燃料なりに利用する以前の問題である。
榎本と大鳥の計画は、ものの見事に潰えたことはいうまでもない。




