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海藻星人見参!

 人類の叡智である二人を海へと見送ってから、波打ち際までとぼとぼとあるいていった。


 二人においていかれた?

 そんなこと、思うわけがない。ましてや、それを嘆き悲しむなんてこともない。


『どうぞどうぞ。おれに遠慮せず、とっとと行ってきてください』


 それが本音である。


 そんなおれを、相棒がいつもの定位置、つまり左斜めうしろからすごい形相でにらみ上げつつあるいている。


 まるで奴隷を監視する役人みたいである。


 が、波がよせるぎりぎりのところで、唐突に四本の脚がとまった。


 ふふん。しょせん、シェパードだもんな。


『お水こわーい!』


 だよな?


 これがレトリバー系だったら、ものともしないはずだ。


 って、相棒にめっちゃにらまれた。


 ってか、脚めっちゃ冷たいんですけど。脚だけではない。体は海風がまともに吹き付けるから、めっちゃ寒い。


 いまでもこんな悲惨な状態なのに、三十分間ここにいろって苦行以外のなにものでもない。


 こんなくだらなさすぎることをやらせる榎本と大鳥を、恨みに思った瞬間である。


 ズボンの裾を膝頭まで折り、それであるくことにした。ついでに、シャツの袖も肘まで折っておく。

 

 むきだしの腕と脛が、寒風にさらされてめっちゃ痛い。顔面は凍りついてしまっている。ついでに、指先や足首から下もいまはもうどうにでもなれってほど感覚がなくなっている。


 波打ち際やそこからもうすこし深いところを、ちゃぽちゃぽ音をたてながらあるいてみた。


 ラッキーである。ヒトデがいるじゃないか。

 

 現代で、海水浴にいったことがほとんどない。ほとんどというのは、海水浴場にはいったことがあるが、人がおおすぎて泳ぐ気がうせてしまった。結局、海水浴場のちかくにあるカラオケボックスで涼んでかえったのである。  

 大学時代のことである。


 海の経験はそんなものである。

 ヒトデがどんなものかはしっている。だが、その生態については知識がない。正直、しろうと思ったこともなかった。


 ちょっとまって……。


 これって、素手でさわっていいものなのか?クラゲみたいに刺すとかないのか?

 毒を含んでいたりしたら、けっこう腫れあがったりとかしないのか?


 悩めるところである。


 結局、ズボンのポケットから手拭いをだしてそれを掌に巻き付け、つかむことにした。

 どれだけ効果があるかはわからないが、なにもないよりかはマシだろう。


 そんな調子で、砂にみえ隠れするヒトデをつかんでは背におう駕籠へと淡々と放り込んでゆく。浜辺をみると、相棒はさっさとみんなのところにいってしまったようだ。火のちかくで暖をとりつつ、ぬかりなくおれを監視している。


 そして、もちろん副長も。


 パワハラ上司は、部下が寒風にさらされ海につかって黙々と作業をしているというのに、平気であるらしい。


 さらには、蟻通や野村もめっちゃよろこんでみている。


 その三人の笑顔をみつつ、「ほんまに死ぬんかい?」って関西弁で問いたくなってしまった。


 こんなふうにネガティブ志向になってしまうほど、この苦行は心身にこたえてしまう。しかも、くだらぬ実験のためとなればなおさらである。


 もうこのあたりでいいだろう。


 たぶん、七、八個はとったはずだ。もはや、きりのいい十個までなんて気力はない。

 ってか、どうでもいい。


 ああ、クソっ!


 脚も掌もまったく感覚がない。はやく篝火のそばにいって暖まらないと、マジで凍え死んでしまう。


 だとすれば、おれのまだみぬ妻が、未婚のまますごすことになる。結果的に、いかず後家になってしまうかもしれない。


 そんなかわいそうなこと、ぜったいにさせられない。

 なにがなんでも生き残らねば。


 まだみぬ妻には、イケメンでめっちゃやさしい男とのういういしい結婚生活を心ゆくまで堪能してもらわねばならない。


 ふふふっ。それからもちろん、あっちのほうも……。


 こうなれば、なにがなんでも生き残らねばならない。


『ザバーッ!』


 突如、水の音がした。

 って思う間もなく、うしろから両脇の下になにかが差し込まれがっしりと捕まってしまった。


「ぎゃーっ!」


 左右をみると、昆布やわかめだらけの物体が左右からおれをぎゅうぎゅうサンドイッチしているではないか。


「おおきい葛籠とちいさい葛籠、どちらがいい?」

 

 右側の海藻星人がきいてきた。


「はあ?いったいなんの話をして……」


「じゃぁ金の斧と銀の斧、どっちがいい?」


 左側の海藻星人がきいてきた。


 右側が俊冬、左側が俊春のようだ。


「はああああ?なんの選択肢だよ?さっぱり意味がわからん……」

「だったら、きみのこといらない」

「いらないいらない、ポイしよう」


 左側の脇下から腕がはなれたかと思うと、俊冬がおれの両手首をつかみ、ぐるぐるまわりはじめた。


 海水浴やプールなんかで父親が子どもにやるあれである。


 ってか、いとも簡単にぐるぐるまわされているおれは、れっきとした大人だぞ。


「ぎゃーーーーーっ!やめてくれ。掌をはなすなよ。たま、頼むから掌をはなすなよっ」


 お父さんが子どもをぐるぐる回してからやることは一つしかない。





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