ヒトデ採取
「さあ、脱げ脱げ」
「ちょっ、まて、まってくれ。やっぱムリ。ぜったいにムリだ。シャツとズボンでも死ぬほど寒いのに、褌一丁なんてぜったいにないない。ってか、こんなときこそきみらが護ってくれなきゃ、だろ?」
俊冬にせかされてしまった。
かれと俊春は、ついさきほど篝火のちかくにいる副長に尻をたたかれたのである。
『主計をはやく海に放り込め』
そんなふうに怒鳴られたってわけだ。
「はやくしやがれ。凍え死んだらどう始末をつけるつもりだ」
副長は、篝火をバックに非情以上のことをのたまいまくっている。
マジ鬼だ。鬼以外に表現のしようもない。
「主計、寒いのくらいで死にやしないよ。まあ、風邪はひくかもしれないけどね。それも気合で治るにきまっている。ねぇ、兼定」
「ふふふふんっ」
俊春のなんの根拠もない断言に、相棒が鼻を鳴らした。
「ほら。兼定だっていっているよ。『心頭滅却すれば』ってやつだって」
「そんないいかげんなことを。だったら、きみらも褌一丁で海に入ってみろよ」
ブチギレてしまった。
「いいよ。でも、きみのせっかくの捨て身のネタが不発におわるけど、それでもいいのかい」
ぜったいに拒否られると思っていたのに、俊冬の返答は意外すぎた。
「じゃぁだれがいちばんおおくとるか、競争だ」
俊春は、背負い駕籠を示した。その駕籠の横には、ぶっとい鎖が横たわっている。
艦の錨鎖のようにみえる。
「おれはこれを一本体に巻くよ。わんこは二本。兼定は、なに?『毛が塩でガビガビになるからイヤ』、だって?わかったよ。では主計、きみはなしってことで。これだけハンデがあったら、きみでも一番になってヒーローになれるかもしれないね」
「いや、ハンデなんていらない。そこじゃないし。そもそも、褌一丁でこの雪の舞い散るなか海に入ることじたい、おれにとっては自殺行為なんだ」
「自殺行為って……。きみ、クリスチャンなの?でも、ミスター・ソウマは仏教の墓にはいっているよね?」
「なにをボケたことをかますんだ、たま?いっそキリストでもブッダでも、この状況を助けてくれるんなら、信仰しまくるよ」
ってさらにブチギレてしまった。しかし、あいかわらずわが道をいきまくる俊冬は、おれのいうことなどきいちゃいない。
それどころか、俊春をせかしつつとっとと服を脱ぎはじめている。
向こうから、っていうかあったかい篝火のところから、大人も子どもも野次っている。
もちろん、それはおれに対してである。
仕方なしに、のろのろとボタンに指をかけてみた。
くそっ!指がかじかんでっていうよりかは、完全に凍りついていてはずせそうにない。
ダメだ。このままだとぜったいに死ぬ。
おれは、人類の叡智とはほど遠い。
寒さといえば、剣道や居合の寒稽古がせいいっぱい耐えられる程度の凡庸な人間である。
当然、海人のスキルもない。
ってぐずぐずしている間に、かれらはさっさと褌一丁になり、とっとと錨鎖を体に巻いてしまった。
ってか、そこからしてちがうだろう?
錨鎖がどれだけの重さになるのか想像もつかないが、十キロや二十キロの重さではないはず。
それを体に巻いて海に潜るってことじたい、「サ○ヤ人」レベルだ。
褌一丁に、錨鎖で武装しているといっても過言ではない。
俊春にいたっては、上半身に二重に巻いているので、小柄なかれはほぼ簀巻き状態になっている。
思わず、浮いてこないように処置をほどこされた死体を想像してしまった。
「きみ、ヨユーだよね。でも、シャツもズボンも脱いだ方がいいよ」
「たま、わかっている。わかっているけど脱げないんだよ」
「手伝おうか?」
「ぽち、そんな意味じゃない。やっぱりムリ。へたれといわれようがなんとののしられようが、ムリなものはムリ」
「では、せめて脚だけでもつけて、浅瀬ででも探してみたら?もしかすると、浅瀬にいるかもしれないし。ほら、みなよ。みんな、きみのリアクションに期待しているんだから、そこはすこしでもこたえてあげなきゃ」
俊冬の指摘に、思わずうなり声をあげてしまった。
そこまでいわれれば、関西人としてはひけないものがある。
なんかビミョーにちがう気もするけれども、とりあえずは浅瀬をあるくくらいならまだやれるかも。
たしかに、ヒトデだったら浅瀬にいるかもしれない。
「わかったよ。おれもセミプロを自認しているからな」
そこもやはりちがう気がするけど、とりあえず了承してみた。
ちらりとみんなのほうをみていると、みんな他人事だと思ってやんややんやと叫んでいる。
「三十分。時間内にどれだけとれるか競争だ」
俊冬がいった。
かれらは背負い駕籠を背負うことができないので掌にとり、おれは背負った。
「レディー・ゴー」
俊冬の号令以下、二人は同時に駆けだした。
ちょっ……。
二人は錨鎖を体に巻き付けているにもかかわらず、しかも砂地をものともせず、あっというまに波打ち際に達した。それでも速度をゆるめることなく、突っ走りつづけてゆく。
そしてついに、海の藻屑と化した。
いや、訂正。海のなかに消えてしまった。




