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おれも大切な部下ですよね?

「主計。おまえ、おれに死んでこいっていうのか?」


 肩を並べた瞬間、副長ににらまれた。そして、難癖つけられた。


「そんなわけありませんよ。だってさっき、『海にはいらにゃならんからな』っておっしゃったでしょう?」

「ふんっ!かようなこと、いちいち間にうけるんじゃない。あれは売り言葉、否、買い言葉か?兎に角、なにゆえおれがこのクソほど寒いなか、くだらぬことをせねばならぬ。すくなくとも、おれはせぬ」

「はああああ?だったら、あんなホラふく必要ないじゃないですか。どうせ、隊士のだれかにやらせるんでしょう?だったら、なにゆえ『手下てかにやらせる』って正直にいわないんですか。ったく、副長はすぐにいいカッコしたがるんですから」

「くそったれ。くだらぬことに手下てかをつかえるか?どいつも大切なんだぞ。戦闘でというなら別だが……。ったく、馬鹿馬鹿しい。というわけで主計、おまえにやらせてやる。ありがたく思え」

「はいいいいいいいい?」


 思わず、でかい声をだしてしまった。


 幸運なことに、廊下にいるのはおれたちだけである。

 ゆえに、だれかに白い眼でみられたり驚かれるということはない。


「ちょっ、ちょっとまってください。ついいま、『くだらぬことに手下てかをつかえるか?どいつも大切なんだぞ』っておっしゃいましたよね?それなのに、その直後におれにやれって。しかもありがたく思えって、そんな矛盾しまくったことよくいえるものですね。『どの口がいうんだ?』って、ツッコまさせてください。おれだって、大切な手下てかでしょう?」


 この人は、なにをいっているんだか?


 思わずひかえめに、それでいてオブラートに包むようにして注意をしてしまった。


「そうなのか?」


 不意に副長の脚がとまった。


 それをよんだ俊冬と俊春の脚もとまった。が、おれだけがそれに気がつかなかった。ゆえに、二、三歩すすんでから急停止しなければならなかった。


「そうなのかって、なにがそうなのかなんです?」

「きまってるだろうが。おまえが大切な手下てかってところだ。一度だってかように思ったことはない。というわけで、おれのいったことに嘘はない」

「ちょちょちょ、副長。やっぱり素直じゃないですよね。それに、副長って意外と照れ屋さんなところがありますから。面と向かって『大切な』っていえないなんて、かわいらしいところあるじゃないですか……。いだっ!」


 いきなり頭に拳固を喰らった。


「ちょっと、いまのパワハラですよ。なぁ二人とも、いまのみたよな?これは、かんぺきアウトだ。すぐに左遷させられるか訴えられる事案だ」


 いまのパワハラの目撃者である俊冬と俊春に訴えた。


双眸にゴミがはいってみえなかった」

「片方のが網膜剥離だから、よくみえなかった」


 なんだって?そんなわけないやろ!


 二人とも、『見て見ぬふり、長いものに巻かれよ』ってわけだ。

 組織内で無難にすごすための安全策的な発言が、ソッコーでかえってきた。


 そうだった。


 俊冬と俊春は、副長とはある意味では身内っていうか親子みたいなものだ。


 副長をかばうのは、当然といえば当然のことかもしれない。


 だめだ。負けた。


 というわけで、結局おれが海に入ることになった。


 出発するまえに澤に確認したところ、タコノマクラというのがヒトデだということがわかった。


 絵にかいてもらったのである。


タコノマクラ(それ)は、ヒトデの古語なのかもしれない。


 とりあえずは、これでイメージはついた。


 だからといって、海が常夏のおだやかで透明度のある海にかわるわけはなく、結局は極寒の蝦夷の海なのである。


 カニやらホタテやらその他もろもろの美味い海の幸が豊富な北海道の海ではない。


 荒々しく、それでいて冷たすぎる人間ひとをよせつけぬ北の海である。


 おれってば、ヒトデなんかとることができるのか?


 ってか、海に入ることができるのか?


 副長や伊庭らを助けるどころか、おれ自身の生命いのちの危機がすぐそこに迫っている。 


 


「それで、このギャラリーはなに?」


 砂浜にいる新撰組のメンバーをみまわしつつ、肩を並べる俊冬と俊春にささやいた。


「みんなきっと、きみのあたらしいネタをみにきたんだろうね」

「そうそう。きみの生命いのちをかけたネタをみたいんだよ」


 俊冬、それから俊春はうれしそうだ。


 この日、おれは副長に「凍えて」、あるいは「溺れて」死ねと命令されたことを実行にうつさねばならない。


 みんな、それをわざわざみにきてくれたのである。


 しかも、それを命じた張本人であるパワハラ上司もみにきている。っていうか、命令を実行するか監視しにきている。


 軍服や防寒着を何枚も着用し、ロシア人から入手したであろう毛皮の帽子までかぶり、ばっちり防寒対策をして。


 材木を集めてきて、砂浜に盛大な篝火を焚いてはいる。

 しかしそれは、とってきたヒトデを燃やして油だか燃えカスかをとるための準備である。


 けっしてけっして寒さに凍えるおれのためのものではない。


 あっそれと、見物人たちが暖をとるためでもあるか。



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