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タコノマクラ

 タコノマクラ、タコノマクラ……。


 タコノマクラ……。


 タコっていうくらいだから、海にいる生物のことだろうか。


「そうなんだ。タコノマクラだよ。あれが大量にいるようでね。蝦夷の住人からきいたのだが、燃やせばたい肥になったり燃料になるのだとか」

「そうなのです」


 大鳥につづき、澤がこちらを向いた。


 かれもなかなかイケメンである。ウィキの写真より若くて細身だ。


「きたる敵との戦いに備え、燃料は必要不可欠です。それに、喰う物も必要です。春になれば、開拓した土地に人を送りこみ、農作物や米をつくればいいのではないかとかんがえております。そのためには、肥料が必要です」


 澤の突然のプレゼンに、おれたちは同時に心のなかでツッコんだ。


『いやいやいやいや。種子をまくことはできても、芽がでる時分ころにはすべての決着かたがついてしまっている。燃料も肥料も必要なくなるよ』


 ってな具合に。


 この箱館政府が、このさき何年もつづくのならまったくもってそのとおりである。


 燃料や喰いものも含めた物資を購入しようにも、敵に船の航行をとめられればそれもできない。ということは、敵に邪魔をされずに入手できる方法を模索するか、自分たちでつくるかなにかしなければならない。


 それこそ、自給自足である。


 それにはやはり蝦夷の地の開拓、開墾が必要になる。


 もっとも、それはこの箱館政府がつづくこと前提の話である。


「そこで、タコノマクラというわけです。タコノマクラは、海にいくらでもいます。それをとってきて燃やし、どうなるかを試してみたいのです」


 正直、タコノマクラの明確なイメージがつきにくい。これといったビジュアルが浮かんでこない。


 それでも、はたしてそんなものを燃やして燃料やたい肥になるのだろうか?


 勘繰ってしまう。


 眉唾ものであると思わざるを得ない。



「でっ、そのタコノマクラとおれがどういう関係があるんだ?」


 まさか、そんな眉唾もののことを試したとしても「ムダムダムダーーーーーッ」ってなるってことを、某コミックみたいに叫ぶわけにもいかない。


 副長も、とりあえずはそう尋ねるしかなかったようだ。


「そこなんだよ、土方君。タコノマクラが誠に燃料やたい肥になるのか、試してみようと思うんだ。それにはまず、タコノマクラをとらなければならない」


 大鳥の相貌かおに、気味が悪いほどあざやかな笑みがひらめいた。


 イヤな予感しかしないんですが……。


「まさか、それを新撰組うちにやらせようっていうんじゃないだろうな」

「ご明察。さすがはぼくの土方君」

 

 大鳥の相貌かおに、さらなる笑みが浮かんだ。


「ぼくの土方君?おれは、だれのものでもない。おれ自身のものだ」

「いや、副長。いまはそこじゃないですよね?そこが問題じゃないですよね?」


 思わず、上役にたいしてツッコんでしまった。


「ったく、なにゆえ新撰組うちがかようなくだらぬ噂の真偽を確かめねばならぬのだ」

「頼むよ、土方君。心やすくお願いできるのは、きみくらいなものなんだ」

「あああああ?大鳥さん、おれは心やすくねぇ」

「まあまあ、土方君。おれからも頼むよ。新撰組は、屈強な隊士がおおい。このクソ寒く、凍っちまいそうななかでも、海にはいってタコノマクラをとってこれるってもんだ」

「はああああ?榎本さん。あんた、新撰組うちをなんだと思ってやがる?はやい話が、かような貧乏くじは新撰組うちにひかせりゃいいってわけだろうが。鼻もちならぬ幕臣どもが、かようなことできるわけねぇからな」


 副長のいうとおりである。


 榎本も大鳥も、この厳寒に海にはいれなどといえる相手など一人もいるわけないだろうから。だからこそ、新撰組うちをつかおうというわけだ。


 だが、結局はうけることになる。

 こんなくだらぬめいでも、一応は事実上のトップとその補佐役からのめいなのだから。


 拒否れば、今後の新撰組および副長自身の立ち位置とあつかいがビミョーなものになってしまうかもしれない。


「わかったよ、わかった。これは貸しだ。話はそれだけか?」

「ありがたいこった。さすがだね、土方君。頼んだぞ」

「さすがはぼくの土方君」


 榎本も大鳥も上機嫌である。


「ありがとう。期待しています」


 そして、澤もホッとした表情かおになっている。


「失礼する。このクッソ寒いなか、海にはいらにゃならんからな。いくぞ」


 副長は嫌味をぶちかますと、とっとと部屋からでていってしまった。


 俊冬と俊春とおれは、一礼してからあわてて副長の後を追った。


「ちょちょちょ、副長。まさか、マジで海に入るつもりなんですか?」


 廊下をずかずかあるきつづける副長の背に、問いかけた。


 すると、副長はこちらを振り返ることなく右の人差し指と中指を立て、それからくいくいと曲げた。


 ちかづけ、という合図らしい。


 俊冬と俊春と相貌かおをみあわせてから、脚をはやめて副長の左右にわかれてならんだ。


 廊下はムダにひろく、こうして大人が四人並んでもあゆむことができるのである。


 もっとも、距離をとってラジオ体操をするだけのひろさはないが。




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