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チートスキル『暗示』

「すまない。きみがあまりにも妄想しまくっているから、八郎君も混乱するだけだと思ってね」


 俊冬はおれのほうに相貌かおを向け、しれっといった。


 なんなんだよもうっ!

 せっかく伊庭のためにどういえばいいのか、かんがえにかんがえまくっていたというのに。


「Sorry」


 俊冬がテヘペロした。


 おいおい、俊冬。いってるだけでちっともごめんって思っていないだろう?


 ってか、やはり伊庭にもおれの心の声がだだもれになっているんだ。


「とうわけで、正直なところここで生き残っても、きみの将来は輝かしいものでも希望に満ちたものでもない。それは、きみだけではない。ここにいる全員にいえることだ。だが、ものはかんがえようじゃないかと思うんだ。すべてのしがらみを捨て、あたらしい人生をあゆむことができる。さすがに江戸の練兵館にかえることはできないが、きみなら日の本のどこにいっても道場をひらいて教えることができる。道場をひらなかなくっても、これからさきも戦はある。名をかえてそれに参加することだってできる。あるいは、異国をみてまわるのもいいかもしれない」


 俊冬のチートスキル『暗示』だ。


 伊庭にかけようとしているのだ。


 かれの言葉の抑揚が、耳に心地よい。心にストンと入ってくる。頭がぼーっとしている。


「蟻通先生、あなたもです。あなたなら、利三郎と異国をまわって面白い冒険ができるでしょう。手始めに、フランス軍の軍人たちとフランスにゆくのもいいかもしれませんね。フランスは、じつにいいところですよ」


 俊冬は、蟻通まで暗示にかけようと試みてくれている。


 神対応すぎる。


 俊冬は、いったん口をつぐんだ。


 いま俊冬自身がいったことを、伊庭と蟻通の脳内と心の内にしみこませるための間をおいたのかもしれない。


「八郎君。おれとわんこは、主計の父上に借りがあってね。かれの父上は、おれたちの大恩人といえる人なんだ。だから、おれたちはその大恩人に報いるため、息子である主計を護るためにここにいる。かれとかれが護りたいと願うあらゆるものを護るため、ここに存在している。かれが護りたいもののなかには、きみや蟻通先生も含まれている。そういうわけで、きみたちがいまどう思っていようと、あるいはそれが本意でなくっても、おれたちはきみたちを護り抜くつもりだ。かならずや生命いのちを助ける。きみには、そのつもりでいてほしい。今日、副長がきみをここに誘ったのは、このことを伝えるためだったんだ」


 伊庭も蟻通もマジな表情をして俊冬の話をきいているだけで、なんのリアクションも起こさない。


 いや、厳密には起こせないのかもしれない。


「心配しないで。きみだけを助けるわけじゃない。きみを含めたきみの隊そのものを助けるから。ぼくらには、それができる。ぼくらには、それができるだけの力がある。だから、きみたちは生き残ることをうしろめたく思ったり恥だと感じる必要はまったくない」


 俊冬にかわり、俊春が暗示をかけはじめた。


「なんなら、味方すべてを救うことだってできる。だけど、残念ながら味方のなかにも敵はいる。いろんな意味での敵だ。そういう連中は、ぼくらが助けなくってもとっとと逃げたり隠れたりする」


 俊春のいうとおりである。


 味方にまじり、敵方の間者密偵がいる。すでに敵に抱きこまれている将兵もいるだろう。


 それだけではない。

 戦意も矜持も目的すらもたない連中がいる。


 いくところがない。やることがない。だから、とりあえず参加して旗色が悪くなったらとっとと敵に寝返ればいい。ってな具合である。


 それだったらまだいいが、戦のどさくさにまぎれて盗みや詐欺や殺しなど、犯罪者まがいのことをしようとたくらんでいる輩もいる。


 さらには、旗色が悪くなれば、味方の上層部の寝首をかき、敵にもっていって取り入ろうと画策している馬鹿もいるかもしれない。


 それぞれに事情というものがある。


 そのすべてが悪ときめつけるわけではない。


 実際、なんらかの事情があって敵のスパイになっている者もいるはずだ。


 そういったもろもろのことも含め、全員を手放しで救いたいなんてことは願うことはできない。


 できるわけもない。


 俊春は、そういう意味でいったのである。


 副長のほうをそっとうかがった。


 俊冬と俊春は、伊庭と蟻通はもちろんのこと副長にも暗示をかけたいはずなのだ。


 が、どうやら副長にはききにくいらしい。


 近藤局長や親父もそうだったらしい。それから、子どもらも。


 だが、副長はそれとはちがう意味でかけにくいのだとか。


 いや、かけられないといったほうがいいかもしれない。


 自分たちの根源だからなのかもしれない。


 そういったことは、おれもよくわからないが。




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