戦後のこと
「わたしは、執念深いのです。それ以前に、歳さんはこれからさきもおなじような策をつかってくるでしょう?せっかく『死ぬぞ』って忠告をもらっても、そのまえに歳さんに殺されてしまいます」
「おいおい、八郎。誠にひどいことを申すな。いくらなんでも、おまえを殺ることはない。まぁ、そうだな。半殺しってやつか?」
めっちゃひく。おれだけじゃない。この場にいる全員がひいている。
相棒までひいている。
「歳さん、歳さん。勇さんもだけど、周斎先生も泣いていますよ」
周斎先生というのは、天然理心流三代目宗家にして近藤局長の養父である。
ちなみに副長の目録は、その周斎先生が副長にちょっとでもヤル気をださせようとお情けで与えたらしい。
その真実を副長自身がしったのは、つい最近のことである。
副長は真実をしるまで、実力であたえられたと勘違いしていたというわけだ。
まぁ副長の場合、型にしばられないかぎりはめっちゃ強い。
流派という型にがんじがらめに縛られているから、鍛錬もヤル気がでないのかもしれない。
いずれにしろ、副長は「胡椒爆弾」とか「油をまく」とか、きったない策でも許されるような喧嘩のほうが、性に合うということだ。
「ぜひ、やりましょう。どうせ、もうすこしさきでないと敵味方ともに動けないのです。なまった体にカツをいれるためにもやりましょう」
おれが提案すると、伊庭はにっこり笑って了承してくれた。
「ぽちたまといい八郎といい、勝負を避けやがって」
「勝負?だから、歳さんのは剣術の勝負ではなく喧嘩なんです」
「寝とぼけたことを。喧嘩も勝負だ」
たしかにそうかもしれないが、副長がいうとチートっぽくしかきこえない。
そこで一瞬、しんと静まり返った。
その静けさのまま、数分が経過した。
「戦のあとは?この世のなかはどうなるんだい?」
そしてやっと、沈黙を破ったのは伊庭である。
そのかれの問いに、どう答えるか躊躇してしまった。
賊軍、つまりおれたちのおおくが裁かれ、謹慎や投獄、島流しにあう。そして、しばらくするとそのほとんどが赦され、それぞれの人生をあゆむことになる。
そこまではいい。
しかし、そこからである。
徳川の世は完全におわる。いや、極端な話、それもいい。すでにそうなっているからである。
それ以上に、武士がなくなってしまう。さらには、刀をもてなくなる。
かれのような誠の武士には、それが一番こたえるであろう。
まだある。
副長や伊庭の場合は、ほかの生き残りとはちがう。なぜなら、死ぬはずのところをねじ曲げるからである。
史実により忠実に添うなら、二人は身を隠さねばならない。
いいや、この際、それもいい。
二人の死にかぎっては、史実なんてくそったれでおわらせればいいだろう。
もしも伊庭が助かって降伏すればどうなるだろう。投獄されるだけですむ可能性は高い。
伊庭については、敵のおおくがよくも悪くもさほど心証は悪くないはずだ。
かれには、ざっとおおまかにならしらせてもいいかもしれない。
が、さっきのことが副長にあてはまるだろうか?
土方歳三は、京時代から近藤勇同様おおくの恨みをかっている。その上、よくも悪くも目立ちまくっている。
局長である近藤勇は、すでに斬首されている。副長は、近藤局長が存命のうちは副長という立場ではあったが、実質副長が新撰組の実務を担っていた。
そのことは、おおくの人々がしっている。ゆえに、敵のおおくの心証は最悪最低だろう。
それこそ、斬首ですら寛容な刑じゃないかってレベルの処罰がくだされるかもしれない。
史実上、さほど目立っていない相馬主計は、新撰組の最後の局長だからといって島流しにされる。
この箱館政府のトップである榎本、それから大幹部である大鳥は投獄であるにもかかわらず、だ。
結局、相馬主計はおねぇこと伊東甲子太郎殺害の件で島流しにあう。
ぶっちゃけ、それはこじつけである。
それでも、島流しを科すのである。
敵が、どれだけ新撰組を目の敵にしているかがわかるというものだ。
妄想っていうか、マジで沈思黙考しまくっていて話がちょこっとだけそれてしまったが、伊庭の質問にどうこたえるべきなのか。
「なるほど」
はっとした。
伊庭がうんうんとうなずいている。
「そういうわけで、この戦ですべての決着がつくわけではないということさ。時代の流れや体制をかえるのは、すっごく大変なことだ。だれかのかんがえや意見を通せば、通らなかった連中は当然不満を抱く。通った側にいてさえ、やり方を間違えれば不満を抱かせることになる。いずれにせよ、いまは敵である連中も、一枚岩ではない。現在はかろうじて協調共栄していられても、事がおわればバラバラになる。敵のなかには、後年暗殺されたり襲われたりする者もすくなくない。そんな世のなかだ。正直、生きやすくもないし安穏と暮らせるわけでもない」
なんてこった。
俊冬が勝手に話をすすめているじゃないか。




