歳三爺さん
「すまんな、八郎。馬鹿がいらぬことばかりさえずるもので、なかなか話をすすめることができぬ」
「失礼な。だれもなにもさえずっていませんよ。って、わかりました。無心。なにもかんがえず、なにも思わず、心を無にします。だから、さぁどうぞ。いまのうちに告げちゃってください」
副長のパワハラに抗議しようとしてにらまれたので、方針をかえた。
いまさらいうまでもないが、副長はいわゆるパワハラ上司、ってかパワハラ上役である。すぐに暴力で訴えてくるから、それを回避しなければならない。
自分の身は自分で護らねばならない。だれも、助けてくれぬのだから。
「この野郎。かようにやさしく、思いやりがあって寛容である上役にたいして、パワハラ上役ってどういことだ?」
副長はパワハラの意味をしっているくせに、そんなことをきいてきた。
「副長は、嫌味で尋ねているんだよ」
俊春がなにかささやいてきたようだが、
「主計、だまっていないでこたえやがれ」
という副長の怒鳴り声にかきけされてしまった。
副長は、おれが理不尽な怒りにたいしてスルーするという大人な対応をしているのにさらにキレた。
パワハラの意味を『しっているくせにしらない』だなんて、痴呆症の症状なのか?
「チホーショーだあ?なんだそりゃ?」
「加齢などによって脳の機能が低下し、生きていくうえで支障がでることをいいます。忘れっぽくなったり、怒りっぽくなったり、仕事や生活がうまくできなかったり、というのが症状です」
「主計っ!」
俊冬の淡々とした説明に、副長がさらに、さらにキレた。
テーブルの脚が折れてしまうんじゃないかっていうほどの勢いでテーブルを両掌でぶったたき、立ち上がった。
「きいた?副長、チホーショーなんだって」
「カレー?カレーってなに?」
市村と田村が呑気にいっている。
「加齢だよ。お爺さんになること、といえばわかりやすいかな?」
俊春が、田村に丁寧に教えてやった。
「爺さんっ!」
「爺さんっ!」
市村と田村が同時に叫んだ。
「副長は爺さんだから、忘れっぽくて怒りん坊なんだ」
「そうだよね。都合のいいことはすぐに忘れちゃうし、いっつも怒っているよね」
「主計ーーーーっ!」
子どもたちは、大人をよくみている。しかも、心はピュアだ。悪意ってものがない。
おそらく、であるが。
兎に角、子どもらが正直に指摘した瞬間、副長がさらにさらにさらにキレた。
ってか、なんでいっつもおれが悪くなるんだ?
おれが怒鳴られるんだ?
「痴呆症、なんて心のなかで思って申し訳ございません」
どうあがいたって上司のパワハラに勝てるわけがない。だから、四の五のいわずに謝罪した。
「歳さん。話のつづきが、というか、まだまったく話してもらっていないけど、兎に角気になるのではやく申してください」
忍耐強い伊庭も、ここまで副長に焦らされてイラっときたらしい。
「八郎、話したら主計をひきとってくれるか?」
副長は、椅子に座りなおしつつもちかけた。
なに?トレード? じゃないな。では、放出ってやつ?
遊撃隊か……。
幕臣ばかりだから、新撰組とはちがう意味でいじめられるだろうか。マウンティングされまくるだろうか。
いや、大丈夫。
伊庭がいるから、護ってくれる。いじめっ子どもから、身をていして護り抜いてくれるだろう。
だれかさんとだれかさんみたいに、護るなんて宣言しておきながらいじったりいびったりいじめたりなんてことは絶対にない。
だったら、いってもいいかも。
そうなったら、相棒はどうなる?
遊撃隊は、犬同伴可能だろうか?
「わかっています。ここでツッコんだら主計の思うツボですからね。いわれのない非難を受けたとしても、おれとわんこはグッとがまんします」
俊冬が叫んだ。はっとすると、副長が俊冬と俊春をにらみつけている。
「きみのそのだだもれの妄想のせいで、ぼくらが副長に叱られるんだ。いいかげんにしてくれないと、きみの八郎君がしびれをきらしてしまうよ」
「わんこ、八郎君はすでにしびれをきらしまくっている」
両脇から、おれの護り人であるはずのだれかさんとだれかさんがいっている。
相棒が、いつの間にか店内に入ってきていた。しかも、俊春の脚許でしれっとお座りしているではないか。
おれたち以外の客がいなくなったので、かわいらしい店員さんがいれてくれたのだろう。
「だったら、副長にいえよ。副長がさっさといわないから、ついついいらんことをかんがえたり思ったりするんじゃないか」
「ああああああ?主計、いい度胸じゃないか、ええっ?」
「だってそうでしょう?だだもれは、昨日今日はじまったわけではありません。わかっていながらとっとと告げないほうが悪いんです。これ、間違っていますか?」
めっちゃ逆ギレしてみた。だって、そうだろう?
おれは、あくまで正論を述べたつもりである。
おれが正義だ、よな?




