BLって?
いつの間にかほかに客の姿はなく、おれたちだけになってしまっている。
汁粉、売り切れてしまったんだ。
でっ、そうそうに閉店したらしい。
あのかわいらしい店員さんは、約束どおりおれたちのためだけに店を開放してくれているっていうわけだ。
それはそうと、BL呼ばわりされて力いっぱい否定するのは当然だろう。
いまこの場にいる面子のなかで、BLの意味がわからないのは伊庭だけである。
「あの……。『ビーエル』っていったいなんだい?」
その伊庭が尋ねてくるのは、これもまた当然といえば当然のことである。
自分以外はしっていて、しかもしっている者全員が意味ありげににやにや笑いながらおれをみているのだから。
「なんでもありませ……」
「衆道ってこった」
「野郎好きってことだ」
「男の人しか好きになれないことです」
「女子より男がいいというわけだ」
「男しかみえないんです」
おれの全力否定にかぶせ、いくつもの説明がかぶった。
「え?みんないっせいだったから、よくきこえなかったよ」
「きこえなくっていいんです……」
「ボーイズラブ。つまり、男性同士の恋愛で、主計は八郎君に抱かれたいというわけだよ」
またしてもおれにかぶせてきたのは、俊冬である。
かれは、かれのいまある頬の傷なんてかわいいものではなく、顔面を八つ裂きにしてやりたいほどさわやかな笑みとともに、地獄レベルの勘違いをかぶせてきた。
しかも、生々しすぎる。
ちょっとまてよ、俊冬。
おまえ、誠に親父に恩を返したいって思っているのか?
そう勘繰りかけて思いなおした。
そんなこと勘繰ったところでムダなだけである。
どうせそれとこれとは、つまり、おれを護るのといじるのとは別物だってことなんだってしれっといってのけるだけだろうから。
それにしても、いじりすぎやしないか?
「いまのは、いまのは嘘なんです。いえ、意味はあっていますが、おれのことではありません」
ここは冷静に対処せねば、さらにドツボにはまってしまう。
「いいじゃない。幕末ではそれはメジャーみたいだし。偏見なんてもたれないんじゃないかな」
「あのなぁ、ぽち。幕末であろうと戦国時代だろうと鎌倉時代だろうと平安時代だろうと弥生時代だろうと縄文時代だろうと、それはメジャーじゃない……」
「というわけで八郎君、こんなかれのことなんだけど」
俊春の口をふさごうとすれば、またしても俊冬が口をひらいた。
二対一でかなうわけもない。
「つづきは、副長が話してくれる」
ちょっ……。
まだまだBLの話がつづくのか?
ってか、伊庭よ。みんなの話を信じないでくれ。そんな双眸で、おれをみないでくれ。
「あー、八郎……」
副長はいいかけたがおれのほうに視線を向けた。
「いつまでぼさっと突っ立っているんだ。さっさと座れ。BLの話は、あとでじっくり八郎にきいてもらえ。あるいは、実践されやがれ」
「なっ……。な、なんておいしいんだ。あ、ヤバ。鼻血がでてきた」
「ちょっ……。たま、おれの声真似はやめろって」
とんだことをすすめる副長も副長だが、それにおれの声真似でリアクションをとる俊冬も俊冬だ。
「主計は、誠に好き者だな」
「さよう。みなにも気をつけるよう申しておかねば」
「大人って怖いよね」
「大人だからってわけじゃないよ、てっちゃん。主計さんが特別なだけだよ」
隣のテーブルから、島田らがこれみよがしにディスっている。
もうなんとでもいってくれ。
あきらめモードに入ってしまった。
「でっ、歳さん。話とは?」
伊庭は、誠に辛抱強い。
イライラと貧乏ゆすりをしたいところであろうが、おとなしく副長の右半面をみつめている。
「ああ、ほかでもない。こいつらのことだ」
副長は、顎でおれたちのことを示した。
「こいつら?」
伊庭がその顎のさきを追い、おれたちにいきあたった。
「こいつら?」
「こいつら?」
おれの両隣で、俊冬と俊春がつぶやいた。どちらも、やけに含んだようなつぶやきである。
こいつら呼ばわりされたことが不愉快にちがいない。
おれだって不愉快だ。
ちゃんと相馬主計という名があるのに、こいつとかありえない。
夫が妻を「おい」とか「おまえ」とか呼ぶのと同様である。
これも一種のパワハラか?いや、モラハラか?兎に角、ちゃんと名前を呼んでもらいたい。
「あいかわらず妄想が激しいようだけど、おれたちのはきみの妄想とはちがう意味だよ」
俊冬が、おれが副長の上司としてのモラルに欠けている事案を考察しているところを邪魔をしてきた。
「すまん。一緒にまとめたおれが悪かった。そりゃあ、不愉快にもなるにきまっているな。だれかさんと一緒にされたのだから」
そのとき、副長が謝罪してきた。
ああ、そっちか。
だれかさんというのが、俊冬か俊春かはわからない。たしかに、まとめられるのは、正直気分がいいものではない。
「きみ、どんどんポジティブシンキングになっていくね。それだけポジティブになれて、うらやましいよ」
俊春がほめてくれた。
関西人は、物事をなんでも前向きにかんがえたりいいようにとったりすることができるのだ。




