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肉まんと屁

 審判の開始の号令がかかっても、両者は一足一刀の間合いを保ったまま睨みあっている。


 永倉は、せんせんの攻撃を好むとばかり思っていたが、せんでもさしてかわりなく遣うことができる。ついでにいうと、どっしりとした体躯に似合わずすばやい剣を遣うし、それだけでなく、重みのある剣を遣うこともできる。


 つまり、かれは剣術において、ずいぶん器用といえる。神道無念流の皆伝ではあるが、けっして流派にこだわっているわけでもない。理心流や北辰一刀流など、いいところを自分なりに盗み、取り入れることに頓着しない。


 剣術が、誠に好きなのだ。

 

 相手の高崎も永倉も、ずっとこのまま睨みあっているのではないかと思うほど、微動だにせず睨みあっている。


 両者の集中力は半端ない。


 坂本は、隣でいつもどおり懐手で試合を眺めている。ただ、その懐のなかに、いつものように拳銃チャカは入ってはいない。


 坂本もさすがに妥協し、黒谷ここの門前で会津藩士にあずけている。

 とはいえ、それも十五分ほどいい争ってから、副長が無理矢理あずけさせた、のであるが。


 ちらりと横をうかがうと、坂本は、いつになく真剣まじ表情かおで試合を眺めている。眉間には、副長も驚くほどの皺が濃く刻まれている。


 北辰一刀流の皆伝が、興味をもつ試合なのか・・・?

 試合よりも、その試合に興味を抱いているであろう坂本に興味を抱く。


「ブブッ!ブブブーッ」


 そのとき、隣で大きな音がした。静まり返った御影堂の庭に、それはもうおおきく、きれいに鳴り響く。


 その直後、異臭がたちこめた。この臭いは・・・。


 なにゆえか、大阪名物ともいえる豚まんを思いだしてしまう。


 電車でおなじ車両に、あれを購入した人がいようものなら、車両全体にしみ渡ってしまうほどの強烈な臭気をもつ豚まんである。


 そういえば、それが一種の臭気テロである、とweb上で論議されているのをみた記憶がある。

 いい得て妙である。おれも含めた関西圏在住の人間にはおなじみの臭気も、他府県や嫌いな人にとってはまさしく異臭となりえるだろう。


 あのにおいは、大好きである。豚まんそのものが、大好きなのである。

 電車の車内やすれ違った人から漂ってくると、すぐさま店に買いにいってしまう。

 だから、どこに店があるのかちゃんと把握している。おれの同期などは、好きすぎてあのにおいイコール体臭と化していた。

 日ごろからよく喰うその同期は、一度に十個は軽く喰っていた。おれは、三個あれば腹いっぱいになる。

 

 そんなにおいの思いでは兎も角、坂本の強烈な屁に、だれもが驚き、鼻をつまむ。


 当人は、ふけだらけの総髪をぼりぼりかきながら「しょうまっことすみやーせん」、とだれにともなく謝っている。


 そして、その屁がきっかけで試合に動きがあった。


 睨みあっている両者が、同時にうしろへ飛び退る。そして、両者ともに、間髪入れずにおおきく踏み込んだ。


 高崎の上段からの一撃は、永倉の右の腕を狙った。永倉は、それをよんでいたのであろう。迷いなく、木刀を握る右の掌をはなす。左掌一本で、振り下ろされてくる高崎の木刀をうけとめる。いや、うけとめ、うけ流す。そして、左掌首を返しながら、摺り足で高崎との間合いを詰める。

 すでに、近間に入っている。


 永倉は、振り上げもしなければ下げもしない。返すその左掌を、そのまままえに突きだしたのである。この意表をついた攻撃は、高崎を存分に驚かせたようだ。完全に、術中にはめた。

 左掌一本による突きは、高崎の喉を確実に仕留めた。


「参りました」


 咽喉まで紙一重の距離で、とめられた剣先。


 高崎は、それに視線だけ落として囁く。


「ちっ!屁に助けられたってか?」


 永倉は、右掌に木刀、左掌に草履をもち、おれたちのところに戻ってきた。低い声音でいいながら。

 もちろん、そのは、坂本をみている。


 坂本は、にんまりと笑う。


 そのときはじめて、坂本が、わざと屁をひったことに気がついた。


 ああ、豚まんが喰いたい・・・。


 心からそう願ってしまう。

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