お汁粉がない
気の毒に……。
島田たちはオーダーをとってもらえなかった。っていうかそれ以前に、見向きもしてもらえなかった。
まぁ、おれたちとはいろんな意味でレベルがちがうからな。いたしかたないか。
って優越感にひたっていると、市村が奥まで駆けていって「お汁粉四つください」とオーダーした。
って思う間もなく、さきほどのかわいらしい店員さんが盆を抱えてもどってきた。
副長から順に置いてゆく。しかも、はにかみながら。
汁粉の入った黒塗りの椀や湯呑みをテーブルに置く掌がわずかに震えているのは、緊張によるものだろうか。
「何時でもごゆっくりなさってください。ご用がございましたら、いつでもお呼びください。すぐにまいります」
彼女は、精一杯の笑みとともにテーブルをはなれていった。
何時でもって、フードコートや「マ○ド」じゃあるまいし、何時間もねばれるわけはない。
あ、おれは関西人なので「マ○ドナルド」は「マ○ク」ではなく「マ○ド」と呼んでいる。
そういえば、ハンバーガーとかフライドポテトとかナゲットが喰いたくなってきた。それをいうなら、「ケ○タ」のフライドチキンも喰いたいし、さらには「ミ○ド」のドーナツだって喰いたい。
現代にいた時分、ファーストフードはあまり喰う方ではなかった。そういうものよりかは、コンビニで弁当やサラダを買っていた。
喰えない状況だと、無性にファーストフードが喰いたくなるから不可思議である。
「うまそうだな」
伊庭が笑顔でいい、副長とともに椀を掌にとった。
ならばおれも。
と、椀に掌を伸ばしかけてはたと気がついた。
し、汁粉がない。
テーブル上を見渡すと、おれのまえには汁粉だけでなく湯呑みもない。
なんてこった。
彼女、みかけによらずうっかりさんなんだな。
「彼女はうっかりさんじゃないよ。きみのことがみえていなかったんだ」
右横の俊春が、にやにや笑いながら右耳にささやいてきた。
「きみが透明人間だからみえなかったわけじゃない。おれたちのイケメンにかすんでしまい、きみはまったく眼中になかったってわけさ」
追い打ちをかけるように、左横の俊冬が左耳にささやいてきた。
「失礼なことをいうなよ。おれだってきみらとおなじ人間の男だぞ。見た目だってかわりないじゃないか」
「……」
「……」
俊冬と俊春は、なにゆえかだまりこくってしまった。
「I'm so sorry. おれたち、人間じゃないから」
俊冬の悪意ある笑みをみながら、『そういう問題じゃないって』ってツッコみそうになったがやめた。
不毛な会話をかわしたからといって、汁粉があらわれるわけではない。
その瞬間、俊春が自分のまえにあるそれをこちらにすべらせた。
「ぼくらは食べないから」
かれは、そういってから華奢な両肩をすくめた。
俊冬も自分の分を島田に譲っている。
「いいのか?じゃあ、ありがたく。そういえば、きみらの身体構造はどうなっているんだ?喰っているところをみたのは、記憶にあるかぎりでは一度だけの気がするけど」
京にいた時分の話である。
「ああ、あれね。あれは、義姉役のお美津さんに頼んで重湯にしてもらってたんだ。ぼくらは、贅肉はもちろんのこと筋肉をつけるわけにはいかないからね。動きが鈍くなるから。だから、生きていけるだけの栄養分しか摂取しないんだ」
俊春はいかにも簡単なことのようにいうが、食は人間の根源。その欲も、ほかのどんな欲よりも強いのがフツーである。
その欲もないのか?
それならばいったい、かれらはなにが愉しみで生きているんだろう、ってどうでもいいかもしれないが心配してしまう。
もっとも、俊春の分の汁粉を味わいながらだと、心配するもなにもあったもんじゃないけど。
「うまかった。たしかに、並ぶだけのことはある」
「ええ、たしかに。かわいいお嬢さんもいますしね」
副長に嫌味を投げつける伊庭は、さすがである。
テーブルをはさんで向こう側に並んで座っている二人にあらためて視線を向け、ドキッとした。
二人のことが好きだから、ではない。だんじてちがう。
尊敬しているからってわけでもない。
死ぬ運命にある二人だからである。しかも、半年も経たないうちの話である。
創作的に表現すれば、死へのカウントダウンがはじまっているといっても過言ではない。
「主計、あからさまに流し目を送るんじゃない。かわいらしいお嬢さんなら兎も角、むさい野郎に送られてもうれしくもなんともない。気色悪いだけだ。なあ、八郎?」
「ひどい。いまのはひどすぎますよ。そもそも、流し目なんて送っていませんし」
「主計はBLですから」
俊冬がぼそりといった。それから、しれっと湯呑みの茶をすすった。
「ち、ちがう。おれはBLではない」
思わず、テーブルをたたいて立ち上がってしまった。
またしても、いわれのない断言をされてしまった。




