人気お汁粉店へ
「へー、歳さんも丸くなったものですね。昔なら、「どきやがれ!石田村の『バラガキ』様のお通りだ」なんていって、老若男女関係なく頭を小突きながら一番まえに並んだのに」
「ちょっ……。八郎、馬鹿なことをいうな。それじゃぁまるで、おれが狡い悪党みたいではないか」
「副長なら、やりそうですよね」
「そうだよね。副長なら、暴虐のかぎりを尽くしてしれっと先頭に並んでますよね」
副長が慌てて否定する横で、子どもたちがわけしり顔で納得をしている。
「主計っ、この野郎!餓鬼どもにどういう教育をしてやがる」
「はああああ?教育係は利三郎です。おれは、「兼定様の散歩係」なんですから」
でもって結果的には、理不尽にもおれが叱られるわけだ。
しかしながら、そんな副長の『陸軍奉行並のおれがいったら、兵卒たちが気を遣って一番まえに並ばせてくれるにちがいない』っていう心配は杞憂におわった。なぜなら、副長の相貌をしる兵卒がいないからである。
それはそうかもしれない。将官なら兎も角、箱館政府のVIPの相貌をしり尽くしている兵卒などそうそういるわけはないからだ。
よって、おれたちが並ぼうとしたら「そこの連中、そっちじゃない。こっちが最後だ。ったく、順番を抜かすなど厚かましい連中だ」と、どこの隊の所属かわからぬおおぜいの兵卒たちにディスられてしまった。
というわけで土方陸軍奉行並と伊庭歩兵頭並は、ほかの兵卒同様小一時間並んだうえでやっとこさ汁粉にありつけたのだった。
店内は、そんなに広くない。ってか、ぶっちゃけ狭い。四人掛けのテーブル席が六つある程度である。
すくなくともいま現在、このお汁粉屋さんにきているそのほとんどが、松前にいる将兵たちである。しかも、将兵たちはスイーツ女子をナンパするためだけとか、あるいはくっちゃべるのがメインでとかで喰いにきているわけではない。
ガチに汁粉を喰うためである。
席につかず、立ったまま汁粉を流し込んでいる者がほとんどである。つまり、「立ち喰い汁粉」である。
したがって、回転率ははやい。
島田と蟻通と市村と田村が隣のテーブル席につき、副長と伊庭、俊冬と俊春とおれがおなじテーブル席についた。
背もたれのない丸椅子を一つひっぱってきて、四人席を五人座るというムチャぶりをしてしまった。
相棒は店の入り口でお座りをし、そこからこちらを恨めしそうににらんでいる。
相棒よ、すまない。
犬は、甘いものはよくないんだ。だから、今回は我慢してくれ。
そういう想いをこめて相棒をみると、あからさまに眉間に皺をよせられてしまった。
オーダーをとりにきてくれたのは、ずいぶんとかわいらしいお姉ちゃん、もとい若い女性である。
お姉ちゃんなんて親父みたいな表現は、やはり控えるべきであろう。
おれたちのテーブルにやってきたとき、店員さんがはっと息を呑んだのがわかった。
副長、伊庭、俊冬、俊春、そしておれ。
この面子であれば、かっこいいかかっこかわいいかのどちらかしかいない。
そんな最高の面子をまえにすれば、どんな女性だってはっとしてしまうだろう。
「あ、あの……」
二十歳前後くらいだろうか。もじもじときりだした彼女の相貌は、真っ赤になっている。
その瞬間、副長が女たらしの表情をつくった。
すなわち、むかつきすぎて反吐がでそうな、おっと失敬、じつに優雅かつやさしい笑顔をひらめかせたのである。
「この店は汁粉がうまいときいてな。まだ売り切れていないといいのだが」
そんなふうに甘ったるい声でいった。
副長のいまの態度は、野郎に対するときとはあきらかにちがう。
なにも甘党の店だから甘ったるい声っていうわけではない。これが副長のナンパ術なのである。
「は、はい。もちろん、ございます」
彼女は副長をみつめて答えた。
「よかった。なくなっていたら無念でならなかっただろう」
はい?無念きわまりないっていうほど汁粉が好きじゃないでしょう?なければないで、ほかのスイーツでも全然オッケーでしょうに。
「なくなっていても、特別にご用意いたします」
イケメンの罠にはまった彼女は、真っ赤になりつつ特別対応を約束した。
「ならば、美味い汁粉をいただこうか」
「は、はい。よろこんで」
「では、わたしも」
つづいて伊庭がいったが、彼女は自分自身のなかで伊庭のこともかっこいい認定をした。
彼女は、しばらくその端正な相貌を堪能してからはずかしそうに「はい」と返事をした。
「こちらにもお願いします」
そして「二度あることは三度ある」、である。俊冬のお願いに、彼女はその相貌にまたしても双眸と心を奪われた。
俊冬は先の二人とはちがい、頬の傷痕がちょっぴりヤンチャ系のイケメンを醸しだしている。
「こちらにもお願いします」
さらにきたきた、きましたよ。おつぎは、かっこかわいいである。
彼女は、俊春のかっこかわいい相貌に心も体も奪いまくられまくったにちがいない。
「あのー、おれにも……」
どうやら、彼女はそこでお腹がいっぱいになったらしい。
いや、興奮しすぎて感情が制御できなくなったのかもしれない。
おれがいいかけると、彼女はいきなり回れ右をして逃げるようにして奥へひっこんでしまった。




