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伝えるだけの人と実行にうつせる人

 せっかく子どもらに伊庭の注意をひいてもらっているのである。


 いまのうちに、このあと伊庭に史実を伝えるか否かについて打ち合わせをしなければならない。


「伊庭君が?かれも死ぬのか?」


 おれがブラックな給料体制について心を奪われている間に、俊冬が島田と蟻通に説明してくれた。


 蟻通が驚きつつもかぎりなく小声できいた。


 っていうかれ自身は、伊庭より数日はやく死んでしまう。


 副長と俊冬が同時にこちらをみた。


 最近、二人はますます似てきていると感じてしまう。


 ベタな表現であるが、物が二重にみえるとか酔っぱらって二つにみえるとか、そんな錯覚を抱いてしまう。

 それほど似ている。


 厳密には、俊冬が副長の性格や思考や所作をコピーしているように思える。


 それは兎も角、副長と俊冬は、この際だから蟻通に告げてもいいかと尋ねているのだ。


 うなずくと、そこは副長が説明をしてくれるらしい。


「八郎は戦闘中に被弾し、自決するらしい。あー、勘吾。いい機会だから申しておこう……」

「わたしも死ぬのだな?」


 蟻通は、おれのほうにチラリと視線を向けてから副長をさえぎっていった。


 かれは、おれの心をよんだのだ。あっいや、だだもれになっているのに気がついたらしい。


 無意識のうちに脚がとまっていた。おれだけではない。副長も島田も俊冬も俊春である。


 蟻通だけが数歩すすんでから立ち止まった。それから、おれたちのほうに体ごと振り返った。


「正直なところ、気持ちのいいものではないな」


 かれの相貌かおに苦笑が浮かんだ。


「自身の将来さきなどしりたいとも思わなかった。なるようになる、と楽観していたからな。近藤さんや井上さんやおおくの仲間が死んでいってるっていうのに、自身が死ぬということはかんがえなかった。否、かんがえようとしなかった。わたしは臆病だから、無意識のうちにかんがえることを避けていたのだろう。そうか、死ぬのか……」

「いいえ、死なせませんよ」


 俊冬が力いっぱい断言した。


「あなたが死なせてくれと懇願しても、にゃんことぼくで護り抜きます」


 さらに全力で、俊春が宣言をした。


『あなたが死なせてくれと懇願しても』


 その台詞のタイミングで、俊春の視線が副長にはしったのを見逃さなかった。


 俊春は蟻通だけでなく、副長にも伝えてくれたのだ。


 その副長は、俊春の視線に気がついたようだ。刹那以下の間、イケメンにはっとしたようななにかが浮かび、すぐに消えた。


「ああ、わかっている。真実を伝えることしかできぬ主計とちがい、ぽちたまならかならずや護ってくれるだろう」

「蟻通先生、ちょっとまってください。真実をつたえることしかできないって……」

「誠のことを申しただけだ」


 ツッコむと、蟻通は「それがなにか?」的に返してきた。


「それともなにか?そのときがきたら、飛んでくる弾丸たまを斬ったりつまんだり、あるいは大砲から発射される砲弾たまを蹴とばしたり殴ったりして、わたしを助けてくれるとでも?」

「ぐううううう」


 ぐうの音もでない、とはこのことである。


 どちらもできるわけがない。


 ってかそんなこと、だれにだってできるわけがない。


 俊冬と俊春をのぞいて。


「おれの負けです。たしかに、実行にうつすのはぽちたまです」


 だから、そうそうに白旗をあげて認めた。


 そのとき、そのぽちたまが同時にちいさく咳ばらいをした。


 いつの間にか伊庭が立ち止まり、体ごとこちらにむいている。


「どうされたんです、みなさん?」

「いや、なんでもない。主計が金子をもっていないといまさらいいだしたんでな。なら、皿洗いでも呼び込みでもして奢れといっていたところだ」

「歳さん、それはいくらなんでもひどすぎる」

「そうでしょう?いつもこんな調子なんですよ。八郎さん、あなたからびしっといってください」


 ごまかすためとはいえ、副長はいまのおれの嫌味をマジにとらえてしまっただろうか。


 声を大にしていうが、いまのはごまかすためである。思いもしないことをいっただけで、本心ではない。


「嘘つき野郎」

「嘘つき」

「嘘つけ」

「大ウソだよね」

「嘘ばっかり」

「ふふふふふんっ!」


 その瞬間、副長、島田、蟻通、俊冬、俊春、それから相棒にまで小声でツッコまれてしまった。


「とっととゆこう」


 副長は、さっさとあるきはじめた。


 蟻通とはあらためて話をする必要がある。


 伊庭には、臨機応変に伝えることにするしかないだろう。


 

 そのお汁粉の店は、SNS上で拡散されているかのごとく繁盛しているようだ。

 噂通り、このくっそ寒いなか兵士たちが並んでいる。


「このままおれがいって並んだら、まえに並んでいる連中が気を遣いやしないだろうか」


 その列をみてそんなことをいいだしたのは、副長である。


 意外や意外、副長はプライベートで自分の地位をひけらかしたり利用することに抵抗があるようだ。


 伊庭も同様のことを思ったらしい。

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