表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1034/1254

あの人が……

「汁粉が喰いたいです」

「汁粉?野郎おとこばかり六人と餓鬼どもでか?」


 副長は、島田の願いにたいして眉間に皺をよせた。


 フツー、こういう場合はたいてい「眉をひそめる」なんだろうが、フツーではない副長の場合は「眉間に皺をよせる」ってことになるわけだ。


 副長も一応、執務室っぽいものを与えられている。なにせ陸軍奉行並という地位である。えらいのである。ゆえに、自分の部屋くらいもっていないとおかしいってことだ。


 執務室には、豪商から徴収した机とテーブルとランプ、それから長椅子等が揃っている。つまり、部屋じたいは洋間って感じである。


 副長は、長椅子で眠っている。


 長椅子は二つあるので、おれも利用させてもらっている。


「うまい店があるそうなのです。たいそう人気で、海軍奉行殿も足繫く通っておられるようです」

「荒井殿が?」


 島田の説明に、副長はまたもや眉間に皺をよせた。


 やはり、か……。

 汁粉大好きの荒井らしい。ウィキまんまってわけだ。


 ってかSNSのないこの時代に、甘党大好き人間たちの情報の発信はどうなっているのだろうか?

 どこかからか拡散し、それをうまくキャッチしている。


 なかなかすごい話である。


「たしかに、すごく人気のようです。店のまえに行列ができていまして、まっている途中に品切れ、なんてこともあるとか。ありつけても、このくっそ寒いなか外で喰うなんてことも」


 俊冬が報告した。


 かれと俊春は、副長の執務机の上から地図や書類を手際よく片付けている。


 さすがは「世界を股にかけるスパイ」である。スイーツのことまで情報を仕入れているのはさすがとしかいいようがない。


 それは兎も角、二人はなにもとおくの敵や味方の情報を得ているだけではない。おれの情報をもとに、これから戦になるであろう土地や地域の情報もつぶさに調べている。


 ついさきほど、ミーティングがおわったところだ。


 すでに元号は明治にかわっていて、敵は明治政府を樹立している。その明治政府がアメリカから軍艦の甲鉄を買い上げることに成功し、品川から青森に向けてもう間もなく出帆するであろうということである。


 そのミーティングがおわり、ひさしぶりのこの面子である。オフ会でも、ということになった。


 その会場について、島田が提案したのが「汁粉のうまい店」というわけである。


「あー、くっそ寒い時期だ。うまい汁粉というのもそそられるが、野郎ばかりだとフツーは酒か女か、あるいは両方のある場所ではなかろうか」


 蟻通が至極まっとうな意見を述べた。


 室内に、奇妙な沈黙がおりた。


 酒が好きで女も大好きな蟻通。

 酒は嫌いだが女は大好きな副長。

 酒も女も嫌いではないが、それ以上にスイーツが大好きな島田。

 女は好きだけど酒はどうかわからなくって、スイーツは情報通なだけで好きそうにはみえない俊冬。

 酒も女もまったく無縁そうな、いや、実際避けているといっても過言ではない俊春。

 そして、酒も女もスイーツも、そこまで命をかけなくっても生きていけるおれ。


 それぞれの思惑による沈黙は、しばらくつづいている。


「まぁ、まだ一応夜にはなっていない。勘吾のいうことをするにはまだはやいだろう。島田のいう甘党の店にいってみよう。餓鬼どももいることだしな」


 ちょとしたスキマ時間に息抜きするんだったら、副長だって芸妓と過ごすほうがいいだろう。

 それでも今日は市村と田村が訪れていることもあり、そんな配慮をしてくれる。


 さすがは副長。こんなところは最高の上司である。


 というわけで、市村と田村をまたせている場所へむかった。


 二人には大広間というほどではないが、ミーティングの合間に休憩したり従卒たちがまっていたりする部屋でまっているよういいつけていた。


 子どもらなら、外で遊びながらまっていろっていいたいところではある。だがしかし、雪が積もっているなかでまたせでもしたら、どんな雪遊びをしはじめるかわかったもんじゃない。


 夢中になってとおくまでいってしまえば、探すのに大変である。


 ところが、いいつけていたはずなのに、二人はそこにはいなかった。


「大丈夫だよ。においがする」


 俊春が空中のにおいをかぎつつあるきだした。


 本当に便利ですごい鼻である。


 結局、二人は相棒をまたせている城の玄関口にいた。


 相棒のことも大好きな二人である。一人(・・)ぽつんとまっている相棒のことが気になって仕方がなかったにちがいない。


 そして、そこで例の人物と再会したのである。


 子どもらは、その人物に剣術をみてもらっていた。


 ときおり、将兵がそれをみながら城の内へ、あるいは外へと入ってきたりでていったりしている。


「八郎っ!」


 先頭をゆく副長が、その人物に声をかけると、その人物はこちらへ相貌かおを向けた。


 蝦夷の冬の厳しさなどふっ飛ばしそうなほどのさわやかな笑みが、その相貌かお全体にひろがっている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ