次鋒 永倉新八
永倉もまた、草履を線の外側で脱ぎ捨てる。
木刀を小脇に抱えたまま、相手に一礼し、ゆっくりと中央へとあゆむ。
その足の運びをみながら、先日の稽古のことを思いだす。
『新撰組で、だれが強いのか?』
それを、模索しつづけている。
いや、はっきりいって、どうでもいいことである。だれが強かろうと、歴史がかわるはずもない。ましてや、おれ自身に影響があるわけもない。
いや、ある、かな?
秘密の鍛錬というと、ずいぶんと怪しげにきこえなくもないが、先日、ずたぼろにされたあの練習のことだ。
おれがずたぼろにされる合間に、永倉と斎藤がやりあった。
永倉自身の手記「浪士文久報国記事」と「新撰組顛末記」を、両方とも流しよみしたことがある。面白いことに、それらの手記で違うことがいくつかあった。
それが、永倉の記憶違いかどうかはわからない。
なんと、斎藤の名前を間違っていた。
驚きを通り越し、「さすが「がむしん」」、と肩を叩きたくなる。
名前を間違えているということもあるように、永倉自身が斎藤をあまりよく思っていなかったことを、その手記に綴っている。
それが、暗殺や闇討ちをよしとしない永倉の性格によるものか、あるいは、斎藤が周囲とつるもうとしなかったからなのかはわからない。
それについて、いろいろと想像したものである。
だが、ここにきて両者に接してみると、その性格すら抱いていたイメージとは異なる。
とくに斎藤のほうは、うちにこもって夜な夜な暗殺業にいそしんでいる、というような暗いものとはかけはなれている。
たしかに永倉は、原田や島田とのほうがやりやすそうだ。かといって、斎藤にたいして無愛想ではないし、避けたりもしていない。
年月が経ち、永倉の記憶も曖昧だったのであろう。かずすくない斎藤とのやりとりより、常日頃からつるんでいる原田や島田とのエピソードのほうが、よほど記憶にあるだろうから。
それは兎も角、あのとき、立ち合いを誘ったのは、永倉のほうである。
「久しぶりに、やろうじゃないか?」
永倉は、そう誘った。ということは、以前もやっていたことになる。
斎藤は、さわやかな笑みとともに気軽に応じた。
が、その内容は、さわやかや気軽さからほどとおい。これぞ一流の剣士同士、といった緊迫感が漂い、それ以上に動きが尋常でない。それはもちろん、永倉、斎藤、ともに。
そして、互いに一礼して稽古をおえたとき、二人とも息一つ乱していなかった。最初から最後まで、全力で剣を振るっていたはずなのに。
時間的には、15分ほどである。
おれが、ずだぼろにされるのも頷ける。ていうか、頷くことすらできないほど、ずたぼろにされた。
おれのなにが、どこが悪いというのか?あるいは、できていないというのか?
兎に角、それをしるためには、かれらの剣をとことん感じるしかない。
「はじめっ!」
審判の号令で、高崎と「がむしん」の試合がはじまった。