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またもやだまされた

 左右に林がひろがっているのでちょうどいい。

 道の端にいって地面に腰をおろし、そのまま樹に背中をあずけた。


 その樹をみあげてみた。


 これってなんの樹なの?って、TVCMではないがかんがえてしまった。


「ブナだよ。「森の女王」っていわれるだけあって、美しい樹だよね」


 俊春が教えてくれた。


「それで、みなでなにを話していたのだ?」


 中島が蟻通に尋ねた。


 はやい話が、中島は蟻通を追いかけてきたってわけだ。


「ほら、さきほど話をしていた利三郎のことだ。やはり、みなもみていないらしい。ぽちと兼定の鼻でも、利三郎のにおいがしないと申している」


 中島の表情かおが曇った。


「鷲ノ木で、利三郎がブリュネ殿らと話をしているのをみかけた者がいるのだ。やはり、利三郎はきていないのだな」

「利三郎め。またもやバックレたな。あ、バックレたというのは、さぼるっていう意味です」


 中島の言葉につづいて、思わずつぶやいてしまった。

 それから、好奇心旺盛な永遠の少年島田に尋ねられるまえに「バックレ」の意味を説明しておいた。


「あの野郎、一度ならず二度までも……」


 蟻通はブチギレている。


 軽快に立ち上がると、みんなのところに駆けよった。


「まあまあ勘吾、落ち着け。利三郎も悪気があってのことではなかろう」

「あああああ?魁さん。あんた、あまりにも人がよすぎるぞ。バックレてるってところで、悪気以外のなにものも存在しないだろうが」

「勘吾、魁さんにあたってもいたしかたあるまい。きていない者はいまさらどうしようもない。利三郎一人がおらぬということで、影響があるわけでもなし。いずれにせよ、われわれが勝ったわけだからな。わたしが案じているのは、利三郎を残してしまったことで副長からお咎めがあることだ」

「なにゆえ、わたしたちが咎められる?」

「蟻通先生、きまっているじゃありませんか。監督不行き届きってやつですよ」

「なんだと、主計っ!」

「あ、ちがいます。おれではなく、中島先生の意見です」


 蟻通が拳を振り上げてきたので、思わずいいわけをしてしまった。


「くそっ!」


 だが、かれはすぐに理解したようだ。

 力なく拳をおろし、がっくりと肩を落としてしまった。


「あいつのせいで、なにゆえわたしたちが土方さんに嫌味をいわれなければならぬのだ」

「そうですよね。理不尽きわまりないですよね。おれなんて、こんなことしょっちゅうですよ。でも、そこは組織の常です。それに、上司がアレ(・・)ですからね。ひたすら耐えるしかないんです。蟻通先生、すこしはおれの気持ち、わかってもらえましたか?」


 社会の厳しさにうちひしがれている蟻通を、全力で慰めてみた。


「あああ?主計、おまえといっしょにする……」


 蟻通が、伏せていた相貌かおをおもいっきりあげた。

 全力で慰めたおれに、「慰めてくれてありがとう」っていいたかったんだろう。

 が、その言葉が途中でとまった。


 かれの腫れぼったい瞼が全開している。すると、ほかのみんなもおれに注目しているではないか。しかも、どの表情かおも驚いている。


 いまのおれの力説は、みんなをそこまで驚くかせるほどのものだったのだろうか?


「主計、この野郎。アレっていったいなんだ、ええっ?」


 そのとき、右耳にささやかれた。


「ひいいいいいいいっ!」


 情けない叫び声が心からだけでなく、口からももれでてしまった。


「勘吾を諫め、慰めるとはいいご身分じゃねぇか。おれも理不尽に心を痛めてるんだ。ぜひとも慰めてもらいたいよ」

「ふふふふふふ、ふ、副長!すすすす、すみません。いいすぎました。いまのはただの世迷言、寝言、戯言です。こんないい職場は、いまでもずっと未来でも、どこを探してもありません。いい上司、もとい上役にも恵まれています。おれは、とってもとーっても幸せです」


 怖すぎてうしろを振りかえれない。それどころか、口を開けるのがせいいっぱいで体が動かない。


 背筋をピンと伸ばし、直立不動の姿勢でなんとかごまかそうと、もとい職場と上司のよさをアピールしてみた。


「はははは」

「これは、ウケる(・・・)

「登、こういうのを草ともいうらしいぞ」


 大ピンチに直面しているおれのまえで、蟻通、中島、島田が笑いだした。


「ったく、主計。いったい、何度おなじにひっかかれば気がすむんだ、ええっ?」


 副長まで笑っている。


 ってか、『何度おなじ』?


 勇気をふりしぼり、相貌かおだけうしろへ向けてみた。


 俊春が、かっこかわいい相貌かおにさわやかすぎる笑みを浮かべて立っているではないか。その脚許にいる相棒も、めっちゃ笑顔になっている。

 っていうよりかは、嘲笑って感じの笑みにちかいかもしれない。


 まただまされた。


 声真似である。俊春のチートスキルの一つだ。


 しかも、みんなまで驚いたふりをしておれをかつぐなんて……。


「ぽちーっ!心臓がとまるかと思ったじゃないか」


 自分でも笑ってしまった。


 みんなでひとしきり笑ったあと、島田がマジな表情かおでいいだした。


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