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蝦夷地上陸

「おれが同道いたします」


 ひとしきり笑った後、俊冬が申しでた。


 副長は、これまでもどちらかといえば俊冬を連れての行動がおおかった。自分により似ている俊冬のほうがやりやすいのかもしれない。


 そして、俊冬も大鳥や島田や蟻通よりも副長との方がやりやすいんだろう。


「ならば頼む。おまえがいてくれれば安心だ。ぽち、大鳥さんのことを頼んだぞ。新撰組うちは、みなに任せておけるからな」


 副長は、満足げにうなずいてからおれたちをみまわした。


「承知」


 俊春は神妙な表情かおで副長のめいを受けた。


 もう間もなく、蝦夷の地に上陸だ。


 

 おかに上陸したといっても、「ああ、蝦夷の地を踏みしめている」っていう感動や実感はあんまりない。

 

 ほかのおおくの国同様、「ようこそ蝦夷へ」とか「いらっしゃい北の大地へ」とか、そんな看板がでかでかと並んでいるわけではないからだ。


 蝦夷っていうか北海道は、個人的に旅行をしたことが二度ほどある。一人で訪れたのは、新撰組関連だったので五稜郭を中心だったし、友人たちと訪れたときにはレンタカーで北海道をまわった。


 どちらも駆け足だったので、北海道を堪能しつくしたわけではない。


 もっとも、今回は数日で本土にもどれるわけではない。終戦する来年まで滞在することになるのだ。


「まさかかような北の地までくるなんてこと、京にいたときには想像もしなかったがな」


 副長の上陸してからの第一声である。


 すべての兵が上陸しおえるまで、わずかなときを要するだろう。


 あいにく、すべてのふねが入港できるわけではない。上陸するのに艀をつかわねばならない。それをまたねばならないからだ。


 おれたちはいま、伝習隊が太江丸からやってくるのをまっている。


 清水谷への使者と先陣は、すでに先発している。


 副長があの(・・)伊庭とおなじ遊撃隊の人見と顔見知りであるため、夜襲に気をつけるように注意勧告してくれた。同様に、大鳥から腹心の本多に気をつけるよう注意をしてもらっている。


「あの……」


 おっかなびっくりの表情かおでちかづいてきたのは、新撰組に入隊したての二人の青年である。


 一人は唐津藩士の小久保清吉こくぼせいきち、もう一人は老中の小笠原長行おがさわらながみちの義弟の三好胖みよしゆたかである。


 小久保は、唐津藩主が蝦夷行きを決めたために新撰組に入隊した。三好もまた義兄の小笠原が蝦夷行きをきめたため、新撰組に入隊してきた。


 どちらも成り行きで入隊したってわけだ。


 そして、おれのしるかぎり、二人ともこの後に起こる峠下の戦いで戦死する。


「呼びつけてすまない。此度、おれは別動隊を指揮する。ゆえに、新参者のおまえたちの面倒をみきれぬのでな。二人とも、残って桑名少将の采配にしたがってもらいたい。三好、おまえには同僚たちも頼みたい。五稜郭は難なく落ちるであろう。問題は、そこからだ。本土から大挙して敵がやってくる。おまえたちのような若いのには、力を温存してもらってそのときにこそそれを発揮してもらいたい。此度のような余裕のある戦には、おれたちのような年寄りで充分だからな」


 副長は、二人の若者をまえに自嘲気味に笑った。


 小久保と三好が初対面どうしかはわからないが、二人はたがいに相貌かおを見合わせた。


「承知いたしました」


 二人とも、この場は同時にそう答えるしかない。


 それから、一礼して仲間たちのところへもどっていった。


「ったく、いまのは幾つだ?」

「たしか、三好は十六か十七歳、小久保は二十歳をすぎたあたりかと」

「くそっ!おれからすりゃあ、二人ともまだ餓鬼だぞ」


 二人の背をみながら、副長がつぶやいた。


 相棒も、おれの脚許で若者たちの背をみつめている。


 そのタイミングで、俊冬と俊春が音もなくあらわれた。


 二人は先陣よりもさきに上陸し、各方面に物見にいっていたのである。


「どうだった?」


 副長は、海のほうに視線をはしらせながら尋ねた。


 味方の軍艦が遠くにちかくに停泊している。


 全軍が上陸するまでにはしばらくかかる。


 新撰組おれたちは、各隊にさきんじて五稜郭攻略の栄誉を担っている。副長にいたっては、指揮官としての腕を買われ、まったく別の組織を指揮することになる。


 副長にしろ新撰組おれたちにしろ、敗北は許されない。


 なぜなら、新撰組の蝦夷での立場をつねに有利にしなければならないからだ。


 無意識のうちに、副長の視線をおっていた。


 鷲ノ木は、現代とちがって「これぞ漁港」っていうほどの港ではない。

 時代劇に登場するようなほのぼのとした海岸って感じである。


 それにしても、このあたりの漁民たちはいい迷惑であろう。突然、何隻ものふねがあらわれたかと思うと、自分たちの船を無理くりに総動員されてしまったのだから。


 ふねからおかに上陸するため、艀として必要だからである。

 ということは、当然(それ)を操る人間ひともかりだされている。


 鷲ノ木の漁民は、ここ数日は漁にでることができない。それはイコール、かれらの糧を奪うということだ。


 もっとも、こちらが船の借り賃と人間ひとにたいしては手間賃を支払っているのなら別であるが……。



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