映画のシーンとは大違い
「ぼくは、見た目は大人だけど中身はお子ちゃまなんだ。だから、物事のいいも悪いも理解できない。というわけで、きみのダダもれのかんがえやしょーもないことにたいして、気づかないふりもスルーすることもできないってわけ」
「あのなぁ……」
俊春に小脇にされているおれの姿はシュールすぎるだろうか。それとも滑稽なのだろうか。
「さぁ、ついた。あ、柵がない。じゃぁ、いっそのことこのままポイしちゃおうか」
かれは、床に落ちている丸めたティッシュみたいに、片掌でおれを頭上へともちあげた。
「ちょちょちょっ……。ポイって、なにいってるんだ。艦からごみを捨てるなんて、環境に悪すぎだぞ」
「大丈夫だよ。そんなに遠く捨てないから。きっと、艦にぶちあたってばらばらになるよ。そうなったら、魚の餌になるにちがいない」
「ぽち、まて、まてって!まて、だ」
飼い犬に命じるように怒鳴ってしまった。
ってか、おれ、なにやってるんだ?
ますますいじられ方がエスカレートしてるし、ネタも命がけになってる気がする。
「ばいばーい」
俊春は「まて」をスルーし、おれをぶん投げて……。
かれの掌からはなれ、ふわりと体が宙に浮いた。
艦がかきわけてできる白波が、いやにリアルに迫ってくる。
ひええええええええっ!
怖すぎて声もでない。
気を失うかもって思った瞬間、なにかにぶつかった。無意識にとじてしまっていた双眸をひらけると、俊冬がおれをみおろしている。
どうやら、俊冬にお姫様抱っこされているようだ。
「すこしは暑さをしのげたかな?」
かれは、笑顔できいてきた。
「暑さをしのげたぁぁぁぁ?そんなレベルの悪戯じゃないだろう」
思わず、かれをみあげて怒鳴ってしまった。
「ってか、おろしてくれよ」
かれにお姫様抱っこをされながら、じたばたと暴れた。
このところ、お姫様抱っこ率が高すぎる。このままだと、いろんな人にいろんな意味の誤解をあたえてしまう。
俊冬は、あっさりおろしてくれた。
相棒が脚許からみあげている。
しらーっというか、呆れかえっているというか、そんな表情になっている。
「おれじゃないよな、相棒?ちょっかいをだしてきているのはかれらだ。かれらが餓鬼みたいなことをしてくるんだ」
思わず、必死にいいわけをしてしまった。
それでなくっても、相棒よりおれのほうがすべての面において断然劣っている。
本来なら、おれが相棒をハンドリングするのではなく、相棒がおれをハンドリングすべきなのだ。
冗談抜きで、おれは「兼定の散歩係」なんて身分ではなくなってしまった。
これからは「兼定様の下僕」として、誠心誠意仕えなければならないだろう。
絶望っていうほどではないが、ちょっとした劣等感をあじわっているおれのまえで、俊春がいそいそと軍服、それからシャツを脱ぎだした。
いくら暑いからといって、公の場所で服を脱ぎ散らかすなど社会人としていかがなものか。
なんて呆気にとられているうちに、かれはズボンにまで掌をかけた。
かれの上半身のたくさんの傷痕が、月や星の光を受けてつやつやと光っている。
「ちょちょちょ、ちょっとまてよ。なにをするつもりだ?」
思わず止めてしまった。いくらなんでも褌はしめているだろうが、かれのことである。すっぽんぽんであっても驚かない。
「『ちょっとまてよ』って、それはぼくのいう台詞だよ。きみ、失礼だよね。なんでぼくがすっぽんぽんだってしっているんだい?もしかして、ぼくをストーカーしているとか?」
「いや、『ちょっとまてよ』って、それってやっぱおれの台詞だろうが。なにゆえ、おれがきみをストーカーしなきゃならないんだ。だいいち、きみをストーカーできるくらいだったら、おれはもっと『デキる男』認定されているはずだろう?ってか、マジですっぽんぽんなわけ?」
そういえば、大坂から江戸に逃げかえったばかりの時分、着物から洋装にかわった。
その際、ズボンの下はなんだろうって疑問を投げかけたことがあった。
この時代異国人は兎も角、日本人はまだパンツになじみがない。
パンツは、世間一般にでまわっているものではないからだ。
結局、そのときは褌ってことで落ち着いたのである。
おれはいま、それをしめている。慣れてれてきているってこともあるんだろう。
褌のほうが、おさまりがいいような気がする。
おれのってば、けっこうな『ブツ』だから。
すくなくとも、ブリーフよりかはいいかもしれない。
そこまでかんがえたとき、俊冬がはっきりそうとわかるほど鼻で笑った。
「なんだよ、いまの『フッ』っていうのは?」
「いや、べつに」
「べつにって、べつになんてことないだろう?」
「おいおい、おれにつっかかるなよ。きみのいう『ブツ』とやらのおおきさをしっているから、鼻が勝手になっただけさ」
くそっ!忘れていた。俊冬と俊春には、風呂場で何度かセクハラを受けている。
ってか、性的虐待ってやつを受けたんだ。




