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副長の死の真相

 俊冬の影武者説にかんしては、いまここでふれるつもりはない。


 それはそれで、松本を心配させることになるだろうから。


「ああ、わかってる。おまえらなら、かならずや土方を護ってくれる。そこんところは、信じている。ゆえに、そこは案じちゃいねぇ。おれが案じてるのは、敵の銃弾から土方を護るってことじゃなく、土方自身のことなんだ」


 んんんん?


 どういう意味だ?


 その謎めいたいい方に「?」ってなってしまったが、相棒をはさんで隣にいる俊春が一瞬息を呑んだのが感じられた。

 

 その脚許で、相棒も狼面を右に倒している。


 なに?おれだけわかっていないってか?


「史実での副長は、わざと敵に撃たれたのではないのか?ということだよ。つまり、最初はなから死ぬつもりではなかったのか、ということさ」


 俊春は、視線をおれとあわせてから教えてくれた。


 かれの言葉の意味がすぐにはわからなかった。脳内で反芻し、その意味がじわじわとわかってきた。

 そこではじめて、そんな解釈もあるのかとめっちゃ驚いてしまった。


 だとすれば、いくらおれたちがそうならぬようがんばっても、なんにもならない。


 ましてや、万が一にも俊冬が影武者になって死んでしまうようなことになれば、それこそ犬死になってしまう。


 副長も俊冬も喪ってしまう。


 いや……。


 それ以前に、松本の目からみても、副長の気落ちっぷりはすごいというわけだ。側にいるおれたちには気がつかぬところで、松本は感じている。しかも、最終的には死んでもいい、ってか死にたいって願うほどの気落ちってわけだ。


 ということは、まずはそこから、それこそ性根をたたき直さねばならないってわけだ。


 生きたい。そう望むようにしなければ、戦があろうがなかろうが、副長の死は免れない。


 これは、敵の銃弾や砲弾から護るよりもはるかにむずかしいに決まっている。

 しかも、副長だけではない。俊冬も死ぬ気満々なのである。


 二人ともが死ぬ気満々……。


 ってもしかして、俊春もじゃないのか?ほかのだれかの身代わりになるつもりだとか?


 いや、ちょっとまってくれ。とてもじゃないが、ムチャぶりすぎる。


「あっ、いえ。まさか、そんな解釈はしたことがなかったもので……」


 しどろもどろである。


 動揺を隠しようもない。


 厳密には、まったくかんがえていなかったわけではない。実際、同様のことを永倉も原田も案じていた。


 近藤局長を亡くした副長は、その遺志をついで新撰組を護れるところまで護り、自分は死んでしまうつもりじゃないのか、と。


 たしかに、おれもそれを心配している。


 しかし、史実においての副長の死がそうであったとは、直接結びつかなかった。


 五稜郭のちかくにある一本木関門のちかくで、馬上で指揮をとっていたときに腹部に被弾するのである。落馬したときには、ほとんど即死だったという。


 そのとき、わざと被弾したのだとすれば?


 正直、ぞっとする。


 よくよくかんがえてみれば、おおいにありえる話である。


 じつは、副長の死には暗殺説もある。その厳しさと妥協をいっさい許さぬ性質たちが、味方の反感をかったとか、その時分ころすでに榎本や大鳥は降伏することを決めていて、抗戦派の副長のことが邪魔になったからとか、そのためにどさくさにまぎれて始末したとか、そういう説があるのである。


 もちろん、生存説もある。


 蝦夷からロシアに逃れたというものだ。


 生存説なら大歓迎である。いくらでもその手助けをする。それから、暗殺説にたいしては、俊冬と俊春と相棒が事前に察知できる。


 が、そのどの説にない、「みずから望んで」ということになれば、話は異なってくる。


「法眼、心配しないでください。副長は、死にたいなんて思いませんよ」


 おれの動揺を感じているくせに、俊春はあかるい調子でいいきった。


「簡単じゃありませんがね。でも、にゃんこと兼定とぼくは、副長を死なせないためにここにいるんです。なにせ、かれの……」


 俊春は、そういいつつおれに視線を向けた。


「一番護りたいもの、なんですから。だから、ぜったいに死なせません」


 例の耳に心地いい声音である。

 かれ、いや、かれらのチートスキルの一つ暗示である。


「あ、ああ。そうだな。杞憂にすぎねぇんだろうな。おまえがいうんなら、そうなんだろう」


 松本は、ごつい相貌かおを何度か上下させた。


「それよりも、どうやらあなたは永倉先生の要請で近藤局長や副長の慰霊碑を建立するらしいですから、そこのところをよろしくお願いします」


 俊春は声音をあかるいものへとガラッとかえ、ついでにかっこかわいい相貌かおにいたずらっぽい笑みを浮かべ、松本に頼んだ。


 副長の話はもうおわりとばかりに。


「ああ、ああ。そこんところは任せとけって。後世の人間ひとが腰を抜かすようなもんをぶっ建てるからよ。そうだな、黄金とかはどうだ?」

「それは目立ちたがりの副長にぴったりですよね」


 松本のジョークに、思わず大笑いしてしまった。


 当然のことながら、現代に残っている慰霊碑は黄金でつくられているわけではない。




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