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名医との語らい

 松本が新撰組に好意的であることは、史実でも有名な話である。

 ゆえに、おれはかれにたいしてもともといい印象があった。


 いまは、いい印象どころか弟子入りしたいくらい尊敬している。

 いまさら医師になるのはムリだろうが、看護師資格くらいならめざせるかもしれない。


 それもムリ、か。


 伝えきいている以上に、かれは新撰組が大好きなようである。

 そうであるがゆえに、すべてを投げうってでも尽くしたいという心意気がひしひしと感じられる。


 正直、別れるのはめっちゃつらい。


 出発する時刻になっているのに、まだ全員がそろっていない。

 厳密には、安富がまだきていない。


 久吉と沢は、荷馬車をひっぱってすでに白石城からやってきているのに、安富は騎馬をともなって姿をみせていないのである。


「安富先生ですが……」


 久吉と沢が、いいにくそうにきりだした。


「『白石城の馬たちに別れをせねばならぬ』、と申されまして……」


 久吉である。


「『ゆえに、おぬしらはさきにいってくれ。わずかの間のつき合いとはいえ、別れはつらきもの。おぬしらなら、この気持ちわかってくれよう?』、とも申されまして……」


 さらに、沢が告げた。


 沢が安富の言葉を一字一句違えず覚えているというところが驚きである。


 ってか、それを告げた沢の表情かおは、安富の気持ちがパーフェクトなまでに理解できていないことをはっきりと物語っている。


「馬フェチ」の安富の気持ちなど、悪いが理解できる者はいないかもしれない。


 というわけで、安富はいつになったらくるのだろう。


 久吉と沢がさきに馬車をもってきてくれたおかげで、傷病人をそれにのせて先発することはできた。


 が、騎馬は間に合わなかった。ゆえに、桑名少将と桑名藩士の数名は、騎馬でゆくことができなかった。


 桑名少将は馬車にのり、藩士たちは全員があるくことになったのである。


 安富の『馬フェチ』ぶりは、業務に支障をきたすほどになっている。


 その安富をまっていると、松本がちかづいてきた。

 

 かれはちらりと左右をみまわしてから、「ちょっといいか?」と先日の斎藤のようにおれたちを呼びだした。


 おれたちというのは、俊春と相棒とおれである。


 松本は、旅籠の裏口へとつづく路地へとおれたちを導いた。


「ぽち、送ってくれなくってもいいぞ」


 かれはおれたちに向き直ると、開口一番そういった。


「さっき沢から言伝をきいたんだ。『白石城からむかえをやるから、旅籠でまっているように』、とな。ゆえに、おれはその迎えとやらをまつことにする。いったん白石城にいって、それから仙台城に移るんだろう。あるいは、仙台城むこうですべてがおわったのちに向かうかだな」


 なるほど。

 

 仙台藩の重臣も、松本が新撰組贔屓であることをしっているであろう。ゆえに、いま松本を仙台城にむかえいれれば、松本がかれらの意図していることとはちがうことをいいだすかもしれない。

 元将軍の侍医で知名度の高い松本である。それがたとえ意見であろうと助言であろうと、重臣たちはまったく無視するわけにはいかなくなる。

 そうなると、そこでまたなんらかの労力とときが必要になる。


 それならばいっそ、敵に恭順してそれが認められたのちに松本を招いた方が後腐れがない。


 とはいえ、松本をはやめに招き入れて敵に口添えしてもらったほうが、恭順もスムーズにできるかもしれない。


 もっとも、口添えしてもらうために説得する大変さを鑑みれば、やはり事後に招いた方が無難であるかもしれないが。


「承知しました」


 俊春は、一つうなずいて了承した。


「土方は、死ぬことになってるのか?」


 ほんとうに唐突だった。奇襲攻撃っていいようなことをきりだされ、とっさに言葉がでなかった。思わず、俊春の横顔をみてしまった。


 相棒も、俊春とおれとの間でおれたちを見上げている。


「いや、すまねぇ。なんとなく、そんな気がしてならねぇんだ。近藤さんが死ぬまえといまじゃぁ、土方の気っていうのか覇気っていうのか、兎に角、なんかちがうように感じられてな。弱くなってるって気もする。それでも、いまはまだおまえらやおおくの隊士たちがいるからあいつでいてられるんじゃねぇのかって思えてくる」


 俊春が、こちらに視線を送ってきた。


「あなたには、これ以上嘘や隠し事をしたくありません」


 アイコンタクトで俊春と了解しあってから、口をひらいた。


「蝦夷で、来年です。榎本さんや大鳥さんたちと蝦夷で戦いつづけるのですが、その戦がおわる間際に銃撃によって死ぬことになっています」

「そうか……。やはり、な・・・…」


 松本は、こちらがキュンとくるほど悲し気な表情かおでがっくりと肩を落とした。


「もちろん、そんなことにはならないようにします」


 あわてていい添えた。本来なら、「ならないようにするつもりです」というべきところを、自信をもって「ならないようにします」と断言した。


 かならずや、そうするからだ。



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