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ビーエルとは

「ごちゃごちゃとわけのわからぬことを……」

「副長、副長、かような態度をパワハラと申すそうですよ」


 島田が間に入ってくれた。


 そうだ、島田。そのとおりだ。こんなパワハラ、いくらブラックな職場であってもいついつまでもゆるしていいものではない。


 もっといってやってくれ。すこしは、部下の痛みをしってもらってくれ。


「パワハラ?」

「あ、いえ、セクハラと申したかも。まぁどちらにしても、新撰組うちには関係のない言の葉です。存分になされてください」


 な、なにーーーーっ!


 島田、めっちゃ間違っているぞ。そういう問題じゃないだろう?


「おお、無論だ。島田、勘吾、こいつを捕縛して連れてゆけ。風呂場にレッツ(・・・)ゴー(・・)だ」

「そ、そんなーーーっ!」


 そして、おれはまた俊冬と俊春の垢すり、もとい生きたまま全身の皮膚を剥がされる刑に処せられた。


 そんなおれへの虐待は別にし、フランス人たちは日本での風呂は初体験だったらしい。


 ゆえに、ものめずらしさもともなって二人とも上機嫌で湯船につかり、背を流してもらい、風呂あがりにはフルーツ牛乳がわりの葡萄酒をひっかけ、上機嫌で部屋にひきとりソッコー爆睡したようだ。


 よろこんでもらえて、よかったとしよう。


 俊冬と俊春によると、かれらがまだ江戸で伝習隊等幕府陸軍に調練をおこなっていた際、何日間か接待を受けて日本家屋に泊ったらしい。


 ただ、そのいずれも吉原だったそうだ。


 なるほど。若い野郎おとこばかりが、ふねや宿舎という閉鎖的な場所に閉じ込められているのである。

 しかも、長期間だ。


 いろんなものがたまりにたまっているだろう。


 吉原ほど接待に向いているところはないってわけだ。


 ってことは、かれらにとって新撰組おれたちのこんな接待など、ちっともうれしくないかもしれない。


 なにせ、野郎おとこどうしで風呂にはいり、野郎おとこに背中を流してもらってという、野郎おとこずくしなんだから。


 創作で描かれる新撰組とちがい、男装の女性や迷い込んで庇護されてる女性などどこにもいやしないのだ。


 そっち系の接待など、できるわけもない。


 もっとも、ブリュネたちがBLに興味があるのなら、どうにかなるかもしれないが。


 だめだ。そっちのほうでも接待できる者がいないじゃない……。


 いや、いる。


 副長だ。イケメンは、こういうときこそ真価を発揮すべきだろう。



 全身ひりひりするが、まだまえのほうはましである。だから、布団の上に仰向けになっている。


 ってか、全身ひりひり状態なのに、結局、副長に布団を敷くことを強要された。

 おれ自身の分は兎も角、イケメンの分まで敷かされた。


 さっきは、『畳の上にごろんと横になってもいい』っていっていたくせに。


「『ビーエル』、とはなんだ?」


 うつ伏せ状態のおれの後頭部に、副長のそんな疑問が落ちてきた。


「は?」

「は?ではなかろう?いま、たしかに『ビーエル』といっただろうが」

「いってません。口にだしてはなにもいってませんよ」

「心の声がいってるんだよ」

「だから、のぞかないでください」

「のぞいてないっ!もれでてるんだよ」

 

 おもわず、うなってしまった。


 だだもれのおれも悪いが、なにゆえ都合の悪いとこだけ反応するんだ?


「ビッグ・ライト。おおきく光り輝いている副長みたいな人物のことです」


 苦しまぎれにでたのは、お粗末すぎる言葉である。しかも、謎翻訳してしまった。


「なるほど。わかった。さぁ、寝ろ寝ろ。餓鬼どもにひっぱりまわされてつかれきってるだろう」


 頭の上に落ちてくる副長の声が、急にやさしくなった。


 ごまかした上に、嘘をついてしまった罪悪感が……。


 結局、誠の意味を告げた。


「いだだだだだーーーーーっ!」


 深更、旅籠内におれの悲鳴が響き渡ったはずである。


 副長に、皮膚のなくなっているあらゆるところを手拭いでごしごしされてしまった。


「主計、汗をかいているぞ。自身ではふけぬであろうから、おれがふいてやろう」


 という親切心あふれまくった言葉を添えて。


 やはり、副長をごまかしたりだましたりなんてことは、とうていできないものである。




 翌朝、副長は俊冬を連れて宮古湾へと先行した。


 折浜は、港としてはそれほどの規模ではない。

 ゆえに、旧幕府軍艦隊がそろって入港、停泊して物資を補給することは難しい。


 宮古湾なら、そこそこの規模の港である。そこでなら、補給ができるらしい。


 

 新撰組おれたちは、その折浜に向かうために準備をし、おれたちが泊まっている旅籠のまえに集合した。


 ブリュネたちや伝習隊、それから桑名少将や桑名藩士たちは先発した。


 フランス軍の傷病兵は、久吉と沢が白石城からひっぱってきた馬車にのせて運ぶことにした。


「みな、くれぐれも気をつけてな。怪我や病もだが、つねに清潔を心がけろ。不潔が原因で病になることがあるし、怪我をすりゃぁ悪化する原因になるからよ」


 松本は医師らしく、別れ際の挨拶はそんな注意である。


 医師としての腕はいうまでもなく、なにより新撰組おれたちを理解してくれている。


 口は悪いが、これほどいい医師はいない。

 いや、これほどいい男はいないだろう。






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