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踏んだり蹴ったり

 それを思えば、俊春はすごすぎる。俊春だったら、荒川の「御成橋」あたりの川幅でもゆうに飛び越せそうだ。

 

 荒川の「御成橋」あたりは、川幅日本一とうたわれているのである。たしか、二千五百メートル以上あるはかと記憶している。


 もちろんそれは、現代での話である。この時代なら、もっと幅の広い川があるかもしれない。


 用水路をヨユー(・・・)で飛び越えたが、まだ心臓のバクバクがおさまらず、荒い息をついている。

 

 深呼吸を何度か繰り返して呼吸を整え、すぐにみんなを追いかけた。


 

 相棒はよそ様のお宅の庭や敷地をとおったり、塀や柵を飛び越えたりして突きすすんでゆく。


 そういえば、江戸で強盗まがいの連中を追いかけたときもこんな感じだった。


「きゃーっ!」


 女性が体を拭いていたり湯あみ中のところに通りかかったときには、お湯やら水やらをぶっかけられてしまった。


 しかも、なにゆえかおれだけがぶっかけられている。


 旅籠に到着したときには、ひかえめにいってもおれの姿はズタボロになっていた。


「なにゆえだ、相棒?なにゆえ、『Googleマップ』みたいな案内をするんだ?」


 よくSNS上にあがっていた。それがとんでもない案内をする、という内容で。


 が、相棒はつーんとすましている。


 わかっている。きっとあれが最短距離だったんだろう。そして、ズタボロになっているのはおれだけで、それはただたんにおれがどんくっさいだけ、といいたいんだろう。


 全身濡れぼそりながら旅籠に入ろうとして、旅籠の女中さんに露骨に嫌な表情かおをされてしまった。


 仕方なく、裏口へとまわってそこから入った。


 おおきくもない庭づたいに、自分の部屋を目指す。


 すると、話し声がきこえてきた。どうやら、盛り上がっているようである。一瞬迷ったが、着替えるにしろ風呂に入るにしろ、一度は部屋にいかなければならない。


 予定通り、部屋へと向かった。


 すっかり暗くなってしまっている。角を曲がると、自分の部屋、つまり副長との相部屋がみえてきた。


 大鳥と島田と蟻通がいる。折浜からもどってきたのである。

 それはそうか。すでに陽は暮れてしまっているんだから。


 副長と大鳥が、上座にいる。その左斜めまえに島田と蟻通、それから俊冬が居並んでいる。


 そして副長たちの右斜めまえ、つまりこちらに背を向けて二人座っている。そのどちらも背中しかみえないが、見なれない軍服であるということがわかる。


「ああああ?なんだその恰好は?雨でもふっているのか?」


 副長がおれに気がつき、眉間に皺を刻んで嫌味をかましてきた。


「相馬主計、ただいまもどりました。繊細で過酷な務めでしたので、汗まみれになったのです」

「ユー・アー・ライアー!」


 永遠に好奇心旺盛な少年島田が、菩薩みたいな表情かおでいわれなき非難をたたきつけてきた。しかも英語で、だ。


「なにゆえ嘘つき呼ばわりするのですか?」

「さきほど、利三郎と鉄と銀と兼定がチクり(・・・)にきたぞ。誠につかえぬやつだとな。ったくお客人のまえだというのに、いったいなにをやっているんだ。縁側にでも座っていろ」

「す、すみません、副長」


 野村のやつめ。どうせあることないことチクったにちがいない。


 縁側にちかづきかけたところで、廊下を曲がって松本と俊春があらわれた。同時に、相棒が建物の角を曲がって庭にあらわれた。


「雨か?」


 松本は、おれと視線があうと尋ねてきた。それから、その視線を夜空へと向ける。


 下弦の月と無数の星々がひかえめに瞬いている。


「それとも、泥棒猫と間違われて水でもぶっかけられたか?」


 かれは禿頭を掌でさすりつつ、ついでに視線もおれへともどしてまたきいてきた。


 野村のやつめ……。


 この旅籠に宿泊している隊士たちだけでなく、分宿している隊士たちにも拡散しにいっているだろう。


「ええ。これぞまさしく「水も滴るいい男」ってやつです」


 ベタな返しをするにとどめておいた。


 これからは、子孫に伝えられるということを前提に、節度ある行動を心がけねばならない。


『しょーもないギャグをかます自称コメディアン』


 そんなふうに伝えられるより、


『ふだんは真面目でかっこいいけど、ユーモアのセンスが抜群で、いつも場をなごませてくれた』


 そんなふうに伝えられる方がいいにきまっている。


 いやいや……。そこまでぜいたくはいわない。


『剣術はイマイチだったけど、笑いをとらせればピカ一だった。いつも腹がよじれ、翌日には筋肉痛になるほど笑わせてくれた』


 せめてこのくらいは伝えられたい。


 ってか、そもそもの評価の対象がちがいすぎる気がするのは、きっと気のせいなんだろう。



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