副長はあつかえねぇよ
「土方はムリだ。やめとけやめとけ。おめぇらごときにあつかえる男じゃねぇ。それに、ちょっとやそっとじゃ認めちゃくれねぇよ」
おお、やっぱ松本はすごい。やっぱちがうよな。さすがすぎる。
副長のことをよく理解している。
でっ?いまのこのビミョーな内容は、副長のことを『できた人物』とか『立派な男』とか、そういう意味の内容だよな?
BL的な内容ではなく?
とりあえずBLは頭のなかから消し去るとして、土方歳三をあつかえるのは、この世界ひろしといえど幼馴染同然の存在である近藤局長と、兄弟子にあたる井上源三郎くらいではなかろうか。
松本のいったとおりである。
榎本や大鳥がいくら優秀で性格がよかろうと、「鬼の副長」を思うままにすることはぜったい不可能である。
「叔父貴、叔父貴。土方君をあつかおうとかってわけじゃねぇ。認められたいってわけでもねぇ。ともにいたいだけだ。ともにいて、馬鹿をやりてぇ。ただそれだけだ。なぁ、大鳥さん?」
「さようさよう。かれはじつに面白い。かれとなら、でっかい馬鹿をやれそうだ」
二人は、満面の笑顔とともに全力で応じた。
この二人をのぞいた全員が、将来のことをしっている。
蝦夷に渡り、蝦夷共和国を建国して新政府軍と戦うのである。
かれらの表現するところの「馬鹿なこと」あるいは「でっかい馬鹿なこと」というのが、それにあたるのだろう。
せっかくアドバイスを送った松本本人は、「馬鹿なこいつらなら希望をかなえられるにちがいねぇ」って呆れかえっている。
かれのごつい相貌に、ありありとそう浮かんでいる。
「あんたらなぁ……」
主役である副長は、なにかいいかけた。が、ちいさなため息をついた。
それから、残っている沢庵を口に放り込んだ。
副長は、好きなものは最後に喰う派なのである。
ちなみに、おれもそうである。
「おそれながら……」
廊下にひかえている俊冬がひかえめにきりだした。
真実をしらぬ榎本と大鳥のまえでは、いまのところは以前のままの俊冬と俊春を通すらしい。ゆえに、言葉も以前のままでいくようだ。
「ご両者は、いまや幕府の海軍および陸軍の代表、つまり旗頭でございます。ご両者についてゆきたい、ついてゆこうという将兵や関係者はおおく、ご両者がそれらを受け入れられましたらそれだけの生命と矜持の責を負うことになります。同時に、護らねばなりませぬ。生命も矜持もけっして軽いものではございません。軽んじていいものではございません。おおくの将兵や関係者の想いや希望を、「馬鹿なこと」で片付けてしまわれぬよう、お願い申し上げます」
めっちゃ正論である。さすがは俊冬である。
副長がいいかけたのは、このことだったにちがいない。
が、副長自身がそれをいえば角が立つ。
もっとも、榎本も大鳥も、それを角が立つようにとらえるかどうかは別であるが。
それどころか、この二人なら「土方君が意見してくれた」とか「気にかけてくれているんだ」とか、想像の斜め上の勘違いっぷりを発揮しそうで怖すぎる。
兎に角こういうことは、副長自身がかれらを諫めるよりも、第三者がやったほうが効果的かもしれない。
「まったくそのとおりだ。釜次郎も圭介も、自身の立場ってもんをちったぁわきまえやがれ。堅苦しくなくってそこはいいだろうが、部下やら仲間やらを護ることこそが最優先だ。これからは、三人でしっかり守っていきやがれ」
俊冬の意図をくんだ松本が、すぐにフォローしてくれた。
さすがの榎本も大鳥も、おとなしくうなずいている。榎本などは、テッカテカの頭髪を指先で撫でつつうなずくものだから、指先がテカってしまっている。
「悪かったよ。ついついうかれちまってた。ひかえめに、土方君をかまうことにするさ」
「すまない。これからは、土方君とはこっそりすることにしよう」
榎本と大鳥はすまなさそうにいったが、ちっともわかっていないようだ。
しかも、「かまう」とか「すること」とか、結局は副長を「おもちゃ」にしたいだけではないのか?
松本も俊冬も渋い表情になっているが、口にだしてはなにもいわなかった。
あきらめの境地なのか、それとも二人ともいざというときにはちゃんとするということがわかっているのか、どちらかなのであろう。
そのあとは、これからのことを大真面目に話し合った。
とりあえずは、桑名少将と桑名藩士、新撰組や伝習隊は、ほかの旧幕府軍の将兵たちとともに折浜に向かい、そこから太江丸という艦に乗船することになった。
太江丸は、もともとアメリカで造船されて中国交易に使用されていた蒸気スクリュー商船である。下関戦争の後にアメリカ海軍にチャーターされ、その後に幕府に売却された。そこで太江丸と命名されたのである。
折浜は、石巻市にある漁港の一つである。たしか、現代では岸壁から投げ釣りができ、ハゼやカレイが釣れるときいたことがある。
カレイの煮つけとか唐揚げとか、うまそう……。
おおっと、おれってばなにをいっているんだ。




