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テッカテカ榎本艦長と再会す

 その旅籠にはちいさい庭がある。

 女将おかみは、相棒をおいていいとこころよくいってくれた。


 もっとも、相棒だけその旅籠においてもらい、おれ自身はちがう旅籠にしてもよかった。しかしながら、そこはやはり相棒の相棒として、責任をもっていっしょにいたほうがいい。そう判断したのである。


 現代では需要にあわせてだんだん増えてきているかもしれないが、すくなくともいまこの時代に犬猫同伴で旅をする旅人がいるわけがない。したがって、『ペット同伴可』をうたっている旅籠が存在するわけもない。


 せっかく、おいていいといってくれているのである。

 ありがたくお言葉に甘えさせてもらうことにしたわけだ。



 おれたちが旅籠に到着してから二時間ほど経ってから、副長と俊冬がやってきた。


 二人とは数日ぶりの再会である。

 が、やってきたのは二人だけではなかった。


 幕府軍艦頭である榎本武揚えのもとたけあきを伴っていたのだ。


 夜の帳がおり、旅籠に焚かれた篝火の灯りのなか、榎本の頭髪がテッカテカに輝いている。


 あいかわらずのテカり具合である。


 いきなり突風が吹き荒れ、篝火から火の粉がちょっとでもかれの頭に飛ぼうものなら、かれは確実に燃え盛るだろう。


 まさしく『リアル炎上』だ。


 っていうくらい、かれの頭髪や口髭、それからご自慢のカイゼル髭は油ギッシュなのである。


 しかも、テカテカ度は以前にも増しているようにもうかがえる。

 神々しいまでに輝きまくっているといってもいいかもしれない。


 推しの副長と組み、仙台城でバトッた後の白石城までのランデブーである。


 かれは、気合を入れて身繕いしたのかもしれない。


「叔父貴っ!」


 榎本が開口一番叫んだ。


 その相手は、かれにとっては母方の叔父にあたる松本である。


 余談であるが、松本の縁戚には小説家や軍医として名高いあの森鴎外もりおうがいもいる。



「おうっ、釜次郎じゃねぇか。あいかわらずぎらぎらしてやがるな。おおっと、篝火にちかづくんじゃねぇぞ。燃えちまったら、この旅籠や近隣の家々に迷惑がかかっちまわぁ」


 さすがは江戸っ子である。歯に衣を着せようともしない。


 隣で蟻通が密かにふきだした。ってか、おれもふいてしまった。


「ったく叔父貴よ、あいかわらずのハゲっぷりと口の悪さだな」


 そして、榎本も負けてはいない。


 それからやっと、榎本はおれたちとも挨拶をかわしてくれた。


「兼定、あいかわらずウォルフだねぇ」


 かれは、相棒に抱きついて挨拶した。


 ウォルフって、一瞬ドイツ語かと思った。そういえば、オランダ語もたしか狼のことをウォルフというはずである。


 ってか、相棒は狼じゃないし。

 まぁ、フツーの犬よりかは狼の遺伝子をより一層強く濃く継いではいるが。


 旅籠の玄関先でわいわい騒ぐのも迷惑きわまりない。というわけで、とりあえずはあがってもらうことにした。


 分宿しているとはいえ、各旅籠の部屋数はそうおおくはない。もちろんこの旅籠もそうおおくはない。


 それぞれが相部屋である。


 隊士たちは十畳くらいの部屋に七、八名おしこまれている。子どもらは、野村と蟻通と島田と同部屋である。


 そして、おれは副長と……。


 松本は榎本と、ということになった。


 榎本も、どうせいまからほかの旅籠に移るつもりはないだろうし。


 副長の部屋に、俊春が夕餉を運んできた。旅籠の女将おかみに、自分たちでテキトーにやるからといっていたからである。


 おれたちはすでに喰いおわっているが、副長と榎本はまだであろう。というわけで、俊春がちゃんとスタンバっていたわけである。


 その副長と榎本が遅い夕餉中に、ほかの旅籠にいる大鳥や中島たちがやってきた。


 安富は久吉と沢とともに馬たちを連れ、白石城にやっかいになっている。


 さすがに、数頭もの馬を連れて泊っていいという旅籠はない。


 この手配もまた、俊冬がやっていた。ゆえに「豊玉」と「宗匠」も、旅籠にくるまでに城によって安富に託してきたという。


「土方君、榎本君」


 大鳥は部屋に入ってくるなり副長にハグし、それから榎本の両掌を握ってぶんぶん上下に振った。


 副長も榎本も、飯やおかずを頬張ったままされるがままになっている。


 大鳥が副長と離れ離れになっていたのは数日である。だが、榎本とは何か月単位で会っていなかっただろう。


 なのに、副長にはハグ、榎本には握手というこの差はなんだ?


 大鳥さん、あんたどんだけ「副長LOVE」なんだ?


「やぁ、大鳥さん。あいかわらずちいせぇな」


 そして、榎本は超ストレートにマウントをとった。


 飯のおかわりがあってはと、廊下に控えている俊春の笑顔が凍りついた。その隣で控えている俊冬にいたっては、ドヤ顔でその様子を眺めている。


「ちいさいことはいいことだよ。そうだよね、ぽち?」


 大鳥は、なにゆえか俊春に謎解釈をおしつけた。


 俊春の笑顔が、よりいっそう凍りついた。


 ってか、みんないつの間にか俊冬と俊春のことを「ぽちたま」と呼ぶようになっている。


 その名前だけなら、新撰組うちのペットかマスコットキャラクターみたいだ。


 が、誠はぜんぜんちがう。


 内に狼の遺伝子を継いでいるのである。まさしく、羊の皮をかぶった狼ってわけだ。


 そういえば、二人の姿が狼にみえるというファンタジーチックな錯覚を何度も抱いたが、錯覚ではなくそのまんまだったわけだ。



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