斎藤と三番組との別れ
「もちろんです、島田先生。二人の名も、おれのリスト、もとい頭数にしっかり入っています。ゆえにぽち、たまを護ってほしい。きみ自身のことは、おれがたまに頼まなくってもかれが護ってくれるだろう?」
俊冬と俊春とはたった一度、しかも餓鬼の時分に会っただけなのに、かれらとのやりとりはいまでも鮮明に覚えている。まぁ、暗示で忘れさせられていた期間は別にしてだが。
不思議なことに思いだして以降は、かれらとかわした会話どころか表情の一つ一つまではっきりと脳裏に思い浮かべることができる。
なんやかんやいいながらでも、俊冬は俊春をずいぶん気にかけている。それは、餓鬼の時分もそうだったし、いまでもおなじである。俊冬は、本物の兄貴以上に俊春を可愛がっている。そして、その逆も然りである。俊春は俊冬を慕っている。言葉は悪いが、仔犬が飼い主を慕うようなひたむきさを感じる。
だからこそ、俊冬は俊春を護ると確信している。
しかし、その反対となるとどうだろうか。
俊春は、俊冬から「邪魔をするな」と命じられれば、いくら俊春自身は護りたい、阻止したいと強く想っていてもできないかもしれない。
「ぽち……」
「斎藤先生、ぽち先生っ!」
おれがさらに説得しようと口をひらきかけたタイミングで、市村が斎藤と俊春を呼びながら駆けてきた。
「みんなが、挨拶をしたいって」
かれは二人のまえまで駆けてくると急停止し、うしろを振りかえった。白虎隊の隊士たちが、こちらをみている。
いまは、これ以上の説得はできない。
斎藤は心残りだし心配であろうが、おれたちにはまだ時間がある。
島田や蟻通などにも協力してもらい、俊春を説得してゆくしかない。
「すぐにまいる」
斎藤がいうと、市村は白虎隊の隊士たちのほうに駆けていった。
「もう一度、かれらを説得してもらえませんか」
かれらのもとへあるいていきながら、斎藤と俊春に頼んだ。
このあとすぐにおこるであろう「飯森山の悲劇」を回避するため、かれらの生命を一つでも救うため、俊春が腹話術師になって斎藤が口パクをし、ぜったいに生き残るようもう一度説得を試みてほしいのである。
このまえの道場での稽古後のときのように、俊春が斎藤の声真似をし、斎藤がそれに合わせて口パクをする。
俊春の斎藤の声真似による説得、つまり「無駄死にはするな。生きて会津侯のお役に立つのだ。それこそが誠の会津武士である」と、語ってきかせたのである。
その耳に心地いい斎藤の声真似をききながら、これが暗示なんだと実感した。
先日の説得と合わせ、白虎隊の隊士たちの心に響いてくれたであろうか。これですこしは、「生き残らねば。生き残って、戦後は会津侯や家族を支えなければ」と決心してくれたのだといいのだが。
心からそう願わずにはいられない。
斎藤と三番組、それから白虎隊の隊士たちと握手をかわしたり、ハグをして別れを惜しんだ。
そのとき、ふと視線を感じた。さっきいた切り株のほうから感じる。
白虎隊の隊長である日向内記がそこに立っていて、こちらをじっとみつめている。
その嫌な視線は、おれたちを友好的観点からみ送ろうというものにはとても感じられない。
『さっととでてゆけ!』
そんな憎悪と敵意が感じられる。
副長と俊春に恫喝され、それを恨みに思っているのだ。
結局、あのときのことは噂の一つにもならなかった。かれがだれにチクったかはわからないが、ていよくあしらわれたにちがいない。
自分の手下を道具とか駒程度にしか思っていない、めっちゃみさげはてた男である。
相手にするだけ、時間と労力のムダである。
スルーすることにした。
そして、斎藤とはハグをして別れた。それから、ソウルフレンドである大坂の伊藤とは、関西系のノリでネタを披露し合い、笑かしあって別れを惜しんだ。
正直、この別れはこたえる。斎藤とはまったく別の意味、別の次元でこたえる別れである。
ちなみに、斎藤は島田とだけは握手だった。殺人的ベアハッグを警戒してのことだろう。
おれたちは、斎藤たちと白虎隊の隊士たち、それから会津に別れを告げ、一路仙台に向かった。
仙台はそんなに遠くない。
新撰組にしろ伝習隊にしろ、人数はさほどおおいわけではない。それ以外にも、幕府軍の各諸隊の隊士たちが加わっている。
戦死や戦傷や病気で離脱してしまったり、逃げる途中ではぐれたりバラバラになったりして、隊として機能していない兵士たちがおれたちと同道しているのである。
かれらを加えても、一個大隊に遠くおよびそうにない。
仙台にゆけば、松本との別れがある。これでもう、史実的にはかれに会うことはないであろう。
松本は、行軍中ずっと俊春に質問攻めをしていた。
その姿はまるで熱心な医学生、あるいは研修医のようである。




